『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -29- (ハルヒ&鏡夜)
月曜日。再び芙裕美から食事に誘われたハルヒは、ロワグランホテルへと向かった。
そこへ、突然父からの電話が入り、急いで病院にくるように言われ……。
* * *
梅雨入りが遅かった今年の六月。
初夏の爽やかな風の中で、
鏡夜の告白を受け入れてから一週間。
「鏡夜先輩、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「ん? 何だ?」
金曜日の夜、鏡夜がハルヒの家に来たのは深夜十二時を過ぎていた。
着くなりシャワーを借りるといってバスルームに直行し、
軽く汗を流してきて、スーツからTシャツへと着替えた鏡夜は、
タオルで頭を拭きながら、リビングのテーブルでノートパソコン開いていた。
「あの、前にも聞いたと思うんですけど」
「だから、何だ?」
ハルヒが、何か冷たい飲み物でも用意しようと、
キッチンスペースで冷蔵庫を開けながらリビングの鏡夜を見ても、
鏡夜はパソコンを睨んでいるだけで、ハルヒの方を構う様子はない。
「どうして、あの日、先輩は朝までここに居たんですか?」
「あの日?」
怪訝そうに画面から目を上げて、
やっと自分を見てくれた鏡夜の前にグラスを置くと、
ハルヒは四角いテーブルの斜め隣の場所に座った。
「あの……先輩がこの間うちに来てくれて、
私がいろいろ、その……情けない姿をお見せした……」
「ああ」
鏡夜は、ハルヒが入れてくれたアイスティーを、
ストレートのままで飲みながらあくまで淡白に答える。
「あの日はつい眠ってしまっただけで、特に理由はないが、
でも、何故そんなことを気にするんだ?
お前が眠ったあとに、俺が何かしたとでも?」
「い、いえ、そうではなくて……」
意地悪い笑みを浮かべながら、からかってくる鏡夜に、
ハルヒは少し恥ずかしくなって落ち着きを失ってしまう。
「ただ、先輩が起きたときに、
『誰のせいで帰れなくなったと思ってる?』って言ってたので、
何か自分がしたのかと気になったんです」
「そんなこと、俺が言ったか?」
本当は、それだけではないのだけれど。
あの日、ひどく寝ぼけた様子の鏡夜は、
一瞬だけ目を覚ましたかと思うと、
ハルヒが今言った言葉を、恐ろしく不機嫌なテンションで言ってのけ、
それからハルヒを押しつぶすように倒れ込んで、すやすやと眠ってしまった。
身長差のある鏡夜に押さえ込まれてしまって、
ハルヒは起き上がることができなくなり、
結局、二度寝することになってしまったのだが、
それを全く覚えていない様子の鏡夜は、少し卑怯だと感じてしまう。
「覚えてないなら別にいいんですけど」
不満そうに答えると、よほどハルヒの様子が可笑しかったのか、
鏡夜はくすくす笑っている。
「ま、流石に深夜にあれだけ泣き喚かれて、宥めていれば、疲れるだろう?」
「それは、すみませんね」
卑屈な調子でそう答えると、
鏡夜は笑いながらぱたんとパソコンを閉じた。
「まあ、そんなことより。明日は空けてあるんだろう?
どこか遠出でもするか?」
「いいえ、そんなに大袈裟なことはいいですよ。悪いですし」
週末に時間を作るということがどれだけ大変なことか、
自分も忙しい身であるからよく分かっていた。
だからこそ、休みにはゆっくりしてほしいものだと思う。
「……相変わらずものぐさだな、お前は」
そんなハルヒの言葉を、
外出するのが億劫だという意味にとったらしい。
鏡夜は呆れたように溜息を付きながら、
眼鏡を外して、パソコンの脇に置く。
「ハルヒ」
不意に優しくなった声と共に、
鏡夜の手に腕を掴まれて、そのまま彼の方へ身体を引き寄せられた。
洗い立ての髪から、シャンプーの良い匂いがする。
「鏡夜先……」
強引に重ねられた唇を、ゆっくりと受け入れながら、
肩を掴んだ鏡夜の指に力が入ったのを感じて、
ハルヒの背筋がぞくりと強張る。
……環先輩……!
少し、怯えたような目をしていただろうか、
そっと顔を離してハルヒの目を覗きこんでいた鏡夜は、
ハルヒの額を指先でとんと小突くと、ふっと笑った。
「そう、緊張するな。別にこれ以上何もする気はないから」
感情を読まれてしまったのかもしれない。
「……すみません……」
鏡夜のことを受け入れながら、
環のことを考えてしまったことが申し訳なく思えて、
ハルヒは反射的に謝った。
「何を謝る。傍にいてくれるだけでいい、と言ったのは俺だ。
お前の気持ちは十分理解しているつもりだが?」
そうは言っても……男と女が一緒にいるということは、
本当なら恋人同士として、もっと触れ合ったりするのが普通なのだと思う。
でも、自分が愛しているのは、今でも環のことで、
鏡夜のことも大切に思ってはいるけれど、心の中の一番では無い。
そんなハルヒの気持ちの整理が付くまで、
それでも良いといって、一途に待ってくれているのは、鏡夜の優しさ。
いつになるかは判らない。
けれども、もしもこうしてずっと一緒にいたら、
いつの日か鏡夜の気持ちも、
もう少し素直に受け入れられる日がくるのかもしれない。
ちくりちくりと痛む心の中で、
明日へ流れるこの時間は、ずっと続くということ。
そう信じていればこそ、彼の優しさに甘え続けることができた。
答えを出さないままに。
* * *
けれど、いつものように明日が来るなんて、
決して約束されていることではないと、思い知らされる。
「鏡夜……先輩が……交通事故……?」
わあわあと耳鳴りのように大きくなる、
記憶の中の救急車のサイレンの音。
そして事故という言葉で、フラッシュバックされる一年前の出来事。
窓から見えた野次馬の群れ。
……途切れた携帯電話。
救急車の白と赤いランプ。
……鏡夜から告げられた言葉。
父から掛かってきた電話。
……テレビから流れるニュース。
もう二度と、会えない、あの人。
知っていたのに。
自分はちゃんと知っていたはずなのに。
『ちゃんとハルヒが自分自身で考える時期だと思ったのよ。
あんたがこの先、誰の傍に居て、誰を支えていきたいのか』
一年前に大切な人を失ってしまった、あの時に。
いつもと同じような明日が来るなんて、
誰にも分からないということを、ちゃんと経験していたはずなのに。
『……失ってしまったのに?』
そう聞いたとき、父は寂しそうに笑った。
『失ってしまったからよ』
ハルヒは、ひくっとしゃくりあげるように息を吸い込んだ。
息、が……。
左手で喉の少し下あたりを押さえて、ハルヒは口をパクパクさせる。
息、が、出来な……。
泣いているかのように、ひきつった苦しそうな息をしながら、
ハルヒはテーブルの上に前のめりになって倒れ込み、
その反動で目の前のワイングラスが倒れ、
テーブルクロスに赤い染みが広がった。
ぽたぽたと床に零れ落ちる、真っ赤な水滴。
「ハルヒさん!?」
ハルヒの異常な様子に芙裕美が慌てて立ち上がって、
向かいの席に駆け寄った。
「う……あ……」
いくら口を開けて吸い込もうとしても、
細切れの呼吸は喉の上を滑るだけで、
全然肺の中に空気が入っていかない。
「ハルヒさん! しっかりなさって、ハルヒさん!」
芙裕美が必死に自分を呼んで、
肩に手を触れたのは判ったけれど、
ハルヒは小さく呻き声を上げることしかできなかった。
冷たく暗い海の中に、突然後ろから突き落とされたように、
体中の感覚が麻痺していって、身体を起こすことが出来ない。
光が全く届かない、深く暗い水底に沈んでいって、
周りには何も見えず、何も聞こえず、
温かい空気の感触が、一切消えてしまった。
「誰か! 誰か来て!!」
『……ヒ? 聞………の?』
頭の上で響く芙裕美の叫び声と、
握り締めた携帯電話から微かに聞こえてくる父の声が、
とても遠くて、現実に思えない。
突然目の前から、居なくなってしまった大切な人に、
伝えられなかった思いに苛まれて、
暗い暗い森の中を、さ迷い歩いたのは、そう昔のことじゃない。
私は、またあの時と同じ事を繰り返すの?
* * *
続