『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -27- (鏡夜&蘭花)
ハルヒと別れた本当の理由を、しつこく聞き出そうとする蘭花の厳しい追求を、
当たり障りない回答で切り抜けようとした鏡夜だったのだが……。
* * *
夕暮れの赤い光が、アパートの階段を照らしている。
手に卒業証書の黒い台紙を持って、
ハルヒのアパートの前に戻って来たところで、
蘭花は、丁度階段を降りてくる鏡夜に出くわした。
「鏡夜君……ハルヒは?」
疲れた様子で前髪を掻き揚げながら、
鏡夜は寂しそうに答えた。
「さっきやっと意識がしっかりしてきたみたいで……、
まだすぐには、整理できないかもしれないけれど、
ゆっくり一人で考える、と言われました」
「……そう」
「環のことを知った直後は、
素直に泣いてくれたんですけどね。俺の前でも。
正気に戻った途端に、壁を造られてしまいました」
人にはあまり弱みを見せようとしない、
強情で意地っ張りなところのある娘だ。
きっと、一人で今は泣きたいのかもしれない。
卒業証書を届けるために、
大急ぎで大学に向かって、とんぼ帰りでアパートまで戻ってきたが、
娘の気持ちを考えると、すぐに部屋に行くことは躊躇われた。
所在無く周囲を見渡すと、
アパートの敷地の脇にある、自動販売機が目に留まった。
「鏡夜君、はい、これ」
「え?」
自動販売機に近寄って缶コーヒーを一つ購入すると、
蘭花は鏡夜にひょいっとそれを投げ渡した。
「缶コーヒーなんて、普段飲まないと思うけれど、
ま、たまには、いいんじゃない? おごるわよ」
「……ありがとうございます」
蘭花が、自分の分の缶コーヒーも購入していると、
背後で、かこん、と缶のタブを起こす音がした。
「環君ならきっと、こう言うかしら。
……知っているか皆の衆! これは『缶コーヒー』というもので、
こうやって予め液体状にしたコーヒーを、缶に詰めて保存することで、
いつでもどこでもお湯なしで、お手軽にコーヒーが楽しめるという、
素晴らしき庶民の知恵なのだ!……とか?」
コーヒーの缶を、自由の女神の松明のように持ち上げて、
高らかに環の口真似をしてみせた蘭花の姿をみて、
鏡夜は微かに口元に笑みを浮かべた。
「そして、次の休みには、
今、日本で販売されている缶コーヒーを全種類集めて試飲したい!
……とか言い出すんですよ。
まあ、手配するのはいつも俺なんですけどね」
迷惑そうな口調の裏に優しい響きが混じっている。
「鏡夜君は、やっぱり環君のこと大好きだったのねえ」
慣れない缶コーヒーを少しずつ口にしながら、
鏡夜は蘭花の言い方に苦笑いした。
「あいつは……初めて会った中学の頃から、
迷惑なやつで、思考が読めなくて、いつも突拍子なくて、
行動も意味不明で、我侭ばかりで、
自分の意見が通らないとすぐにすねて、
まあ、正直かなり鬱陶しい部分もあったので、
好きという表現が合っているかは謎ですが」
こう、凄まじい勢いで不満を並べ立てた後で、
「でも」
鏡夜は、最後に真顔になって、ぽつりと一言付け足した。
「あいつは、俺の唯一の親友でした」
それから、ぐいっと缶を傾けて一気に中身を飲み干すと、
鏡夜は空になった缶コーヒーを、
自動販売機の横のくずかご目掛けて放り投げた。
「鏡夜君。男の子だって、泣きたいときは泣いていいと思うわよ?」
ぼんやりと、その放物線を追っていた鏡夜に、
蘭花がそう優しく言ってやると、
鏡夜はアパートの二階、ハルヒの部屋の方を見上げた。
「……それは、もうとっくに済みました」
丁度、西日が当たっていた所為か、
彼は手をかざして、眩しそうに目を細めてそちらを見やる。
「ハルヒが俺の代わりに泣いてくれましたから」
* * *
時は進んで、喫茶店にて。
鏡夜は目の前のコーヒーに全く手を付ける様子もない。
きっと、中身はすっかり冷めてしまっているだろう。
「鏡夜君。ちょっとあたしを見くびってるんじゃない?
今の君。一年前とはまるで別人よ」
蘭花の向かい側で、ずっと冷静を保ってきた鏡夜だったが、
この一言には、かなり意表を衝かれたようだ。
「一年前の僕、ですか?」
不可解な表情で聞き返してくるということは、
おそらく、本人は気付いていないのだ。
一年前のあの日の鏡夜は、
あまりにも環のことで強い衝撃を受けていた為に、
いつもなら決して見せることの無い素顔の自分を、
蘭花の前で見せてしまっていた……ということに。
「今の鏡夜君は、気味悪いくらい平気な顔をしてるけど。
一年前は、私の前で取り繕うこともできないほど、取り乱していたじゃない」
「そんなに、混乱してましたか? 僕は」
蘭花の前で、普段どおりの鏡夜であったなら、
ハルヒのことは決して呼び捨てにすることはないし、
それに一人称は「俺」ではなく「僕」を使うはずだ。
けれども、あの日の鏡夜はそれすら出来なくて、
ただ必死でハルヒを抱きしめているだけだった。
あの時の鏡夜は、今、目の前にいる鏡夜とは全く違う。
「ハルヒのため、という君の言葉。
それに嘘はないのかもしれないけど、
自分を救ってくれた相手と別れようって時に、
なんで、そんなに冷静でいられるのかしらねえ」
ほんの数日前に持ち上がった別れ話。
心の整理がついているとは到底思えない。
なのに不気味なくらいに冷静な鏡夜の態度を見て、
彼の言葉の中には、まだ、思ってることの全てが表れていない気がしていた。
「鏡夜君。一体、何を隠しているの?」
右手で頬杖を付いたまま、
空いた左手の爪先で、テーブルの表面をこつこつ叩く。
「あたしには聞く権利があると、思うんだけど?」
蘭花の視線を避けるように、眼鏡の位置を直す鏡夜。
「……繰り返しになりますが……、
一緒にいても傷つけるだけなら、
僕が傍に居ないほうが、ハルヒさんのためです。
結果としてハルヒさんを、今は悲しませるかもしれませんが、
僕としては、一番、彼女のためになることを選んだつもりです」
蘭花の質問に対する答えにはなっていなかった。
けれど、隠していることがあるのか、という問いに対して、
鏡夜は否定しなかった。
だからこそ確信する。
彼が、こうも頑なに明かさない隠し事は、
蘭花の前で平静を装うことができるほど大切で、
ハルヒとの別れを選ぶに値するほどのことなのだ。
「どうあっても、答える気は無いってこと?」
「今、言ったことが全てです」
鏡夜は、腕時計を気にしながら立ち上がった。
「すみません、もうそろそろ夕方ですし、
蘭花さんもお店があるんじゃないですか」
「まだ、あたしは納得してないわよ!?」
「やっと環の死を受け入れるところまできたんですから、
きっとハルヒさんなら、僕がもう傍にいなくても大丈夫ですよ」
鏡夜はテーブルの端に置かれていた伝票をすっと手に取ると、
喫茶店の出入り口へ歩き出してしまう。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
蘭花の大声にも立ち止まらずに、
鏡夜は店の入り口近くの席で、
こちらの話しが終わるのを待っていた橘に伝票を渡した。
「奢ってもらうなんて結構よ。自分の分は自分で支払います」
会計は橘に任せて、
さっさと外に出て行ってしまった鏡夜を、
すぐに追いかけて行きたかったのだが、
鏡夜に代金を出してもらうのも癪だったので、
とりあえず、自分の分のコーヒー代を出すために、
蘭花はバッグから財布を取り出した。
まさに、その時だった。
キーーーーーーーーーーーーーーーーーィ。
突然。
耳をつんざくような酷く不快な高音が辺りに響き渡り、
続いて、何かが激しくぶつかり合うような音と共に、地面が軽く震えた。
「何?」
反射的に耳を押さえた蘭花は、喫茶店の窓から通りを伺った。
今の、何? 車のブレーキ音?
入り口に近くに居た数人の客や従業員が、
何事かとバタバタと表に走り出て行く。
からんからん、と軽やかに開いた喫茶店のドアの向こう側から、
大勢の人間が騒ぎ立てる声が、ざあっと流れ込んできた。
交通事故?
橘にコーヒー代を渡そうとしていた蘭花は、
コインを会計前の釣銭皿にバラバラと放り投げて先に外に出た。
喫茶店前の横断歩道には、
オフィス街らしく、スーツ姿の男女で人だかりが出来始めている。
完全に流れの止まった車道で、鳴り響くクラクション。
がやがやと騒ぎ立てる人々の喧騒の声。
蘭花が視線をふと横に逸らすと、交差点近くの縁石に乗り上げ、
そのまま外灯のポールにぶつかって、
ボンネットが歪んでいる白い乗用車が見えた。
「ちょっとごめんなさい」
鏡夜の姿を探しつつ、蘭花が人ごみを掻き分けていくと、
人と人の隙間から見えた車道上に、
黒いブレーキ痕と、しゅうしゅうと僅かに立ち上る白い煙が見えて、
焼けたゴムの匂いが鼻腔の奥を刺激する。
鏡夜君は、どこ?
どんどん増える人ごみの中、鏡夜の姿だけが見当たらない。
その時、どよっと野次馬の声が大きくなって、
追突した車の運転席から、中年の男性がふらふらと外に出てきた。
どうやら運転手は無事のようだが、
憔悴しきったその視線が、車の向こう側、数メートル先の地面に向いている。
蘭花がその方向をみると、
車道上に、眼鏡のフレームと、割れた破片が落ちているのが見えて……。
さらに、その先。
「え……?」
壊れた車の向こう側に転がっている『何か』。
それを良く見ようと、人ごみの一番前に出た蘭花は、
倒れているものを、やっとその目に捉えた。
『人』だ。
車体の向こう側に、誰か倒れている。
最初は足元しか見えなかったが、見覚えのあるスーツの色に、
蘭花の背筋に、ぞわっと悪寒が走った。
「きょ……」
車道の上に跳ね飛ばされて倒れていたのは、
つい先ほどまでは向かい席で、普通に話をしていたはずの……、
そして、自分よりもわずかに早く外に出た……。
「鏡夜様!!!」
その倒れている人物の名前を、
口に出そうとしていた蘭花の横を、
喫茶店から出てきた橘が絶叫をあげて、走り過ぎていく。
「……鏡夜、君?」
夕暮れ時のビルの狭間から見える空の色彩は、
青から赤へそして紫から黒へと落ちるグラデーション。
幻想的な光彩の下で、目の前に広がった信じがたい光景。
「何、これ」
倒れた鏡夜に駆け寄る橘の様子を、
蘭花はただ茫然と見つめていた。
「何なのよ、これ……」
最初に見たときには、造り物の人形か何かが、
ただ道に放り出されいるのかと思った。
「一体、何なのよ、これは!!!」
けれども、これは幻想でも夢でも造り物でもない。
自分の目の前に突きつけられたリアルな事実。
「き……救急車、早く、救急車を呼んで!」
蘭花がヒステリックに辺りに喚き散らすと、、
喫茶店の店員が電話をかけるために慌てて店内に戻って行った。
時間が経つに連れて増えていくばかりの、
ざわざわとした鬱陶しくも無責任なノイズの中で、
橘が必死で鏡夜に呼びかけているが見えたが、
冷たい道路の上に横たわった鏡夜から答える声は無く。
ぴくりとも動かない鏡夜の身体の下から流れ出した血で、
アスファルトの表面が赤く濡れて光っていた……。
* * *
続