『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -26- (鏡夜&蘭花)
ハルヒを泣かせるようなことはしないという、蘭花との約束は破られて。
彼の真意を追求するため、蘭花は鏡夜のオフィスに乗り込んだ……。
* * *
ホスト部の部員達が連絡を取り合って大騒ぎしていた日曜日。
光邦からの電話を切った鏡夜は、
自宅の部屋で一心不乱にパソコンに向かっていた。
机の上には膨大な資料が積み上げられ、
パソコンの画面上には、沢山の数字が羅列されている。
「鏡夜様、少しお休みになられてはいかがですか?」
頼んでいた資料を集めてきた橘がそう提案してきたが、
鏡夜には手を休める気は更々なかった。
「休憩なら間に合っている」
「ですが、ここ数日、あまり睡眠をお取りになっていないのでは?」
ハルヒに別れを告げてから、ほとんど夜は眠れなくて、
気を紛らわすために仕事に打ち込んでいるというのが本音だった。
「何故、そう思う?」
橘が鏡夜を気遣うのはいつものことにしても、
あまりに心配そうな様子なので、
少し前に、会社で部下達を慌てさせてしまった時のように、
また、表情に出てしまっているのだろうかと気になった。
「それは……昨日も今日も、朝、鏡夜様のお部屋から、
目覚ましのアラームが聞こえてきませんでしたので、
ずっと起きていらっしゃったのではないかと」
「……そんなに俺は寝起きが悪かったか?」
主人の些細な変化にも気付くというのは、
側用人としてはさすがに優秀だなと、橘の態度に感心しながら、
鏡夜は新しく届いた資料をパラパラと流し見て、
気になるところを見つけると、手早くパソコンに情報を入力していく。
「まあ、今はプロジェクトの大事な時期だからな。集中していれば、眠くはならない」
「はあ……」
橘が気の抜けた返事をするのは、
金曜の夜に何が起こったのか、薄々感づいているからだろう。
こういうときに、気を回しすぎる部下というのはどうかとも思うが、
そう行動するよう命じてきたのも自分だと思うと、やや自業自得とも言える。
「橘、ご苦労だったな。
今日は、外出せずにここで資料をまとめているから、
お前は下がっていていいぞ。用が出来たら呼ぶ」
「……はい、かしこまりました」
余りに長く画面を見すぎていたせいか、少し目がチカチカする。
橘が部屋から去るのを待ってから、
鏡夜は眼鏡を外し、眉間を指先で軽くつまむように押さえて、目を閉じた。
決して疲れていないわけではなかった。
椅子に座り続けているせいで、
肩のあたりも腰のあたりも少し張っているようだし、
眼球を動かせば、目の奥が染みるような感覚も覚える。
けれども、不思議と眠ってしまおうとは思えなかった。
本当は、会議用の資料作りなんて、
自分の立場でやるべきことでもなく、
大勢いる部下にさせるべき仕事なのだが、
ぼんやりとしている時間はできるだけ作りたくなかった。
今はただ無心に、何かをしていたい。
そんな気分の中で、鏡夜は眼鏡をかけなおすと、
再びキーボードを滑らかに叩き出すのだった。
* * *
鏡夜に表立って真相を聞いてくるような、
勇気のある人間はいないだろうが、
どんなに揉み消そうとしても、
あれほどロビーで騒がれては、噂は一人歩きしてしまうだろう。
鏡夜もその辺については、仕方ないと腹を括って、蘭花の前に座っていた。
鏡夜の働くオフィスが入っているビルの向かいの喫茶店で、
コーヒーを二つ注文したきり、黙って睨み合っていたのだが、
ついに蘭花が話を切り出した。
「で、どういうことか、説明してくれるかしら? 鏡夜君」
「説明といわれましても、何をお聞きになりたいんですか? 蘭花さん」
注文したコーヒーが並べられても、二人とも手はつけなかった。
「三ヶ月位前……だったかしら? 鏡夜君からお電話もらったのは」
「ええ、確かそうですね」
「その時、君はなんて私に言った?」
「さあ、なんと言いましたか……」
「とぼけないで!!」
蘭花の大声に、店内の客が何事かとこっちを見てひそひそ話をしている。
水商売の従業員と、客との間の痴情のもつれ……、
とでも思われているのかもしれないが、
今のところ鏡夜には、その誤解をどうすることもできず、
蘭花の怒りを受け止めるしかなかった。
「ハルヒに告白した、と私に報告してくれたわよね? 鏡夜君」
「ええ、確か」
「その時、私は言ったはずよ。ハルヒを泣かせたら承知しないって」
「……ええ、覚えてます」
「じゃあ、なんでこんなことになってるのか、弁明してもらおうじゃないの」
蘭花が苛立った様子でテーブルを平手で叩くと、
コーヒーカップがカタカタと揺れる。
さて、どう……答えるべきか。
「なんでハルヒと『別れる』なんてことになってるのかしら?
私が納得いくように説明してくれるまでは、帰さないわよ。鏡夜君」
目の前の蘭花の剣幕とは対照的に、
鏡夜の心の中は奇妙なほど冷めていた。
三日前の金曜日に、ハルヒに別れを告げようと思ったときに、
初めて感じた心の静けさとは、また異質の感情だ。
「……」
適当に筋の通った嘘を吐いてもいいのかもしれない。
……と、頭の中で手早く計算をして答えようとすると、
蘭花は腕組みして身体をふんぞり返らせ、
半眼になって鏡夜を蔑むように見つめてきた。
「言っておくけれど、鏡夜君。
君は確かに、感情を隠すことは得意かもしれないけれど、
こちとら客の心を読むことにかけてはプロですからね。
あたしの目は誤魔化せないわよ」
やはり、嘘は通じない、か。
社交場での上品な当たり障りない仮面を被るときならともかく、
一対一のコミュニケーション能力に関しては、
蘭花の方が鏡夜よりも一枚も二枚も上手だろう。
蘭花の鋭い視線をしばらく受け続けていた鏡夜は、
追求をかわすことは無理と感じて、瞳を伏せた。
嘘は……確かに蘭花さんには効かないだろう。
鏡夜は、眼鏡の位置をすっと直しつつ、
慎重に慎重に言葉を選ぶ。
「前に……蘭花さんに言われた通りでした」
「へえ? それは、どういうことかしら?」
嘘は吐けない……としても。
本当のことを全て言うつもりはない。
「僕は、ハルヒさんの傍にいるということが、
どういうものか……どれだけ苦しいものか、
本当は、全然理解していなかったということです」
蘭花は落ち着かない様子で、右手の人差し指で、
腕組みした左腕をとんとんと何度も叩いている。
「それで? あの子が君を見てくれないことが
嫌になって逃げ出そうってわけ?」
「……もう、耐えられなくなってしまったんです。待つのも、傍で見守るのも」
「でも、それは最初から覚悟していたことでしょ?
今更そんな理由で別れようだなんて、おかしいじゃない」
人生の経験豊富な蘭花相手に、
真実の暴露が一つで済むとは思っていない。
鏡夜は、もう一枚、心の皮を剥くことにした。
「ハルヒさんは、僕と一緒にいるのが辛いと言っていました」
蘭花の眉宇がぴくりと動いた。
あまり驚かないところをみると、
ハルヒに何か聞いてきたのかもしれない。
それならそれで、不都合は無い。
これは、すでにハルヒにも伝えてあることだから。
「僕は彼女を救うために一緒にいようと思ったんであって、
彼女を苦しめるためではないんです。
だから、もう一緒には居られないと思いました」
これは嘘ではないし、建前でもない。
鏡夜の心の真実を片面から映した答えだ。
そしてハルヒのことを思って、とった行動だと言えば、
蘭花もすぐには否定できないだろう。
あとは、会社にまで乗り込んできた蘭花の怒りから察するに、
どう言い訳しようと、大人しく引き下がってくれるとは思えないから、
数回殴られるくらいのことは覚悟しておけばいい。
「……」
鏡夜の読み通り、蘭花は黙りこんでしまって、
彼の言葉尻をすぐ混ぜっ返したりはしなかった。
長い沈黙の後。
蘭花はゆっくりと、目の前のコーヒーカップに手を延した。
そして、ぬるくなったコーヒーを一口すすった蘭花は、
カップから唇を離した瞬間に、ふうと呆れたように息をついた。
「要するに君の言い訳は、
何でも『ハルヒのためハルヒのため』なのねえ……芸の無いことで」
吐き捨てるように言い切ると、
蘭花はがちゃっと行儀悪く音を立てて、カップを受け皿の上に置いた。
「何を言っても、どうせあたしの怒りは納まらないだろうから、
ハルヒのためってことで押し通して、
あとは二、三発、あたしに殴られでもしておけば、
この無様な状況が決着するとでも思ってるんじゃないの?」
蘭花の図星の指摘に、鏡夜の頬は若干緊張して、
無表情の仮面が、ほんの僅か崩れてしまう。
それを、蘭花は見落とさなかったようだ。
「鏡夜君。ちょっとあたしを見くびってるんじゃない?」
片肘をテービルつき、そこに顎をのせて小首を傾げると、
蘭花は鏡夜の顔をじいっと見上げた。
「今の君。一年前とはまるで別人よ」
* * *
続