『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -24- (蘭花&ハルヒ)
環の事故の日の様子を見て、蘭花は、ハルヒと鏡夜とが互いを必要としていると気づく。
なのに突然別れたと聞いて、心配する蘭花に、ハルヒは環を忘れてしまえたら楽だと呟くが……。
* * *
一度も袖を通していない、
綺麗に畳まれた新品の着物を見つめて、
卒業式に出ることが出来なかった、あの日を思い出し、
蘭花の手は止まってしまった。
「お父さん、どうしたの?」
「あ、えっと」
蘭花の様子を見咎めて近寄ってきたハルヒの目に、
足元に広げていた着物と袴が見えたのだろう、
その表情が見る見る沈んでいく。
「勝手に開けてごめんね。これも持っていくわよね?」
「要らない」
短くきっぱりそう答えると、
ハルヒは再び本棚の前に戻って、
難しそうな法律書をダンボールに詰め込み始めた。
「アパートの方に送る荷物にいれちゃって」
「良いの?」
「うん、いいよ」
蘭花に背を向けたハルヒは、
その着物を二度と見ようとはしなかった。
それは、本当は着るはずだったあの日のことを、
否定したいのか、思い出したくないのか。
それとも、あの日の前までの楽しい記憶。
それだけを覚えておくためだろうか。
* * *
「亡くなった人のことを、忘れなきゃ幸せになれないなんて、
お父さんはそうは思わないわ」
余り干渉しすぎるのは良くないにしても、
ハルヒの様子と、今の言葉を聞いて、
はっきりと伝えないと、分かってもらえないこともあると思った。
「琴子が先にいってしまってから、お父さんだって随分と悩んだわよ。
なんで自分は生きてるんだろうって、自分を責めたこともあった。
それでも、琴子の事、忘れようとか忘れたいなんて思ったことは無かったわ」
蘭花がハルヒの大きな目を見つめていると、
ハルヒの視線が、ふっと本棚の方へ逸れた。
その視線を追うと、そこには琴子の写真が飾ってある。
「……ごめんなさい。お父さん、変なことを言って」
頭の回転の速い娘のことだ。
自分が言ってしまったことの意味を冷静に理解したのだろう。
死んだ人のことを忘れたほうがいい、なんて、
それは、亡くなってしまった母親の存在も否定しかねないということに。
「まあ、別にさっきの言葉があんたの本心だなんて思ってないけどさ」
不躾な娘の言葉に、一瞬、苛々したものの、
別に蘭花は本気で怒っているわけではない。
ほんのささいなきっかけで爆発した感情と、言葉のあやで、
本心とは違うニュアンスのことを言ってしまうなんて、
いくらでもあることだって、人生経験上、分かっている。
心が、暗くて冷たい世界の方へ、
追い込まれてしまっている時は、特に。
「ハルヒ。なんで、お父さんが、
あんたと別々に暮らそうって言ったんだと思う?」
蘭花はテーブルから肘を上げると、
再び箸を持ち直して、食事を再開した。
「社会人になったからって、お父さん言ってなかった?」
「それは表向きの理由」
ぱくぱくと食事を口へ運ぶ蘭花を、
戸惑ったように見つめているので、
あら、食べないの? と聞いても、ハルヒは首を横にふるばかり。
まあ、ショックなことがあると食事が喉を通らなくなる娘だから、
半分でも食べられれば、上々といったところかもしれない。
「本当の理由はなんだったの?」
お味噌汁を、ずずっと飲み干して椀を置いた蘭花は、
ふっと口端を上げて微笑んだ。
「琴子がいなくても、あたしにはあんたがいたし。
お父さんは、もう十分あんたに助けてもらったから、
あんたは、もうお父さんじゃなくて、
お父さん以外の他の人を支えてあげるべきなんじゃないかと思って。
だから、別々に暮らそうと思ったのよ」
「お父さん以外の人……?」
ごちそうさま、と手を合わせると、
蘭花は絨毯の上に置いたトレーに食器を片付けはじめた。
「別に、それが鏡夜君だって言っているわけじゃないのよ。
そこまではお父さんが口を出せることじゃないから。
でも、ちゃんとハルヒが自分自身で考える時期だと思ったのよ。
あんたがこの先、誰の傍に居て、誰を支えていきたいのか」
「……失ってしまったのに?」
ぼそっと零した娘の一言を聞いて、
食器を片付けていた蘭花は、ゆっくりと顔をあげると、
娘の心を導くように、穏やかに答えた。
「失ってしまったから、よ」
それだけ言って、トレーを持って流し台へ向かおうとすると、
ハルヒが片づけを手伝おうと後をついてきた。
そんな娘に、蘭花は、いいから座ってなさい、と手を振る。
洗い物は後回しにして、残った料理をラップして冷蔵庫にしまうと、
蘭花は冷蔵庫の中の冷えたオレンジジュースを見つけて、
それをグラスに注いできて、ハルヒに手渡した。
「お父さんは、琴子との思い出をすっごく大切にしているわよ。今でもね。
でも、あんたも知ってる通り、今はお父さんにも恋人がいるけど、
それが琴子を裏切ることだとは思ってないわ」
「どうして、そう思えるの?」
グラスは受け取ったものの、飲み物は口にはせずに、
ハルヒは素朴な疑問を投げかけてくる。
「だって、お父さんの今の恋人は、
別に琴子の代わりってわけじゃないもの」
こんどは、ハルヒの隣にそのまま座りこむと、
蘭花はもう一度、琴子の写真を見上げた。
「琴子の代わりなんて誰もなれない。
あたしは琴子に求めていたものがあって、
本当はそれがずっと続けばよかったけど、
人生にはどうにもならないこともある。
だから、琴子と出会えて過ごせた日々には素直に感謝してるし、
それが今のあたしを支えてくれているの。
でも、私が今の恋人に対して求めているものは、
琴子に対するものとは違うから。
あたしはどちらの存在も、大切に思っているのよ」
もちろん、ハルヒのことも大事よ、と、
茶化して付け加えると、ハルヒは少し笑ってくれたようだ。
「ま、他人の恋路に野暮なことを言うなんてあれだけど、
一つだけ、お父さんがハルヒに言いたいのは、
ハルヒが、環君のことを抜きにして、
鏡夜君とのことを考えたことがあるのか、ってこと」
「え……」
すこし和らいだ表情が再び消えて、
沈黙してしまったところを見ると、図星だったのかもしれない。
「環先輩のことを……除いて……?」
「環君は、お馬鹿でウザくて暑苦しかったけど?
ま、良い子だったし、ハルヒにとって大切な人だったことは、
お父さんだって、よくわかってるわよ。
だから、あんたが環君のことを忘れることができないって、
その気持ちも理解できるし、その必要もないと思う。
でも、そのことと、鏡夜君とのことは別にして考えなきゃ」
蘭花は隣に座る娘の頬を、両手でぱちっと軽く叩いて、
そのまま包み込むように押さえこんだ。
「誰かとの比較じゃなくて、ちゃんとその人だけを見て、
自分がどうしたいのか考えないと、きっと、一生後悔することになるわよ?」
結局、心配で駆けつけてみたものの、
事態はそれほど好転したとは思えなかった。
けれど、何故、鏡夜と別れ話が持ち上がったのか、
状況が掴めただけでも来た甲斐はあったと思う。
もっとも、ハルヒの気持ちの整理はすぐにつくとは思えない。
自分の投げかけた言葉で、今まで考えもしなかったことに、
気付くきっかけは与えられても、
その先の答えは、ハルヒ自身で探さなくてはいけないことだ。
「さてと」
夕焼け交じりの紫色の空の下、
ハルヒのマンションを出た蘭花は、
通りを歩きながらバッグから携帯電話を取り出した。
本当なら鏡夜に直接電話をして色々文句を言いたいところだが、
こういう状況では、さすがに素直に出てくれないだろうと踏んで、
蘭花は別の相手に電話をかけることにした。
「あ、もしもし、馨君? どうも、ハルヒの父です」
『ハルヒのパパさんですか? お久しぶりです』
「いきなりごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『鏡夜先輩じゃなくて、僕になんて珍しいですね』
蘭花がホスト部のメンバーで連絡を取るといえば、
これまで、鏡夜がほとんどだったから、
電話の向こうで、馨は面食らっているようだった。
「ちょっといろいろ訳ありで~、鏡夜君にお電話がつながらなくって~。
で、ちょっと悪いんだけど……」
蘭花の表情はにこやかな笑顔を保っていたが、
ふっと目つきだけがきっと険しくなる。
「鏡夜君の働いているオフィスの場所って、教えてもらえる?」
* * *
続