『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -22- (蘭花&鏡夜)
社会人になる娘の引越しの手伝いをしていて、押入れから袴を見つけた蘭花は、
一年前の卒業式の日を思い出す。なかなか来ない娘に電話をかけると、電話に出たのは……。
* * *
『鏡夜、先輩……自分とは……もう別れるって』
娘が涙を堪えながら呟いた言葉に蘭花は愕然とした。
「ちょっと、どういうことよ、それ。別れるって、それ鏡夜君が言ったわけ?」
つい二ヶ月前に、ハルヒに告白をしたと、
几帳面に伝えてきたのは鏡夜のほうで、
蘭花も鏡夜ならば、と安心してそれを受け入れた。
それなのに、鏡夜のほうから別れ話を持ち出したかのような娘の言葉。
ここ最近の鏡夜との電話では、
毎日鏡夜のほうからハルヒに電話を入れている、とかなんとか、
はいはい、ごちそうさま、的な話を聞かされていたというのに、
この急展開は、一体、何がどうなっているのか、まったく訳が分からない。
何があったっていうのよ。
電話だけでは埒が明かないので、
蘭花はハルヒのアパートに向かうことにした。
状況からいって恐らく食べるとは思えなかったけれど、
一応、口実としてのケーキを片手に。
そういえば、前にもこんな風に、あの子の家に急いだことがあったっけ。
蘭花は道すがら、その日の記憶を、
つい、この間起きたことのように思い出していた。
本当なら出席するはずだった卒業式の日の出来事。
あの時は先ほどの電話口での泣き声なんて、
比べ物にならないほど、泣いて叫んで、
取り乱していたということを後になって聞いたけれど。
あの日、あの子の傍には、鏡夜君がいてくれたのよね。
* * *
「どうしてハルヒの携帯に、君が?」
状況が分からずに聞き返すと、
鏡夜は相変わらずぼそぼそとした、
口元を押さえてわざと音量を落としているような、
若干聞き取りにくい声で、蘭花に逆に聞き返してきた。
『蘭花さん、今日、ニュースはご覧になってないですか?』
「ニュース?」
昨日は営業が終わってから、お得意様にお寿司をごちそうになって、
それからバーの仲間と常連さんで大盛り上がりのカラオケ大会をしていたから、
帰ってきたのは明け方近くだ。
そこから睡眠をとって、お昼近くになって飛び起きて、
慌てて卒業式に行く準備をしたから、テレビなどを見ている暇は無かった。
「今日は忙しくて見てないけど……まさかハルヒに何かあったの?」
『いえ、ハルヒに何かあったというより…………おい、待て、ハルヒ!』
「ちょ、ちょっと、鏡夜君?」
急に鏡夜の声が荒っぽくなったかと思うと、
ごとん、と携帯が何かに当たったような音がして、
そして言い争うような声が遠くから聞こえてきた。
『……!!!』
『落ち着け、ハルヒ』
甲高い声は女性の声だろうか、ハルヒの声に似ているように聞こえたが、
喋っているというよりは喚いているようで、内容がよく判らない。
宥めるような低い声は鏡夜だろう。
「鏡夜君!? ハルヒは近くに居るの? 今、どこよ?」
電話の向こうで小さく聞こえてくる叫び声と、
ガタガタという物音の後に、ようやく鏡夜の声が返ってきた。
『……すみません、やっと落ち着きました』
一体、電話の向こうで何が起きているのだろう。
先ほどの女性の声は本当に娘の声だろうか。
あんな風に叫び声なんて上げるような子ではないはずだけど。
「ちょっと、何がどうなってるの?」
『俺は今、ハルヒのアパートにいます。ハルヒも一緒です』
鏡夜の声の後ろ側に耳を澄ますと、
小さくすすり泣くような声が聞こえている。
「どうしてハルヒのアパートに鏡夜君が?
というより、今日は卒業式でしょう? もうすぐ始まっちゃうわよ?」
『すみません、蘭花さん。ハルヒのこの状態だと卒業式に出るのは無理です』
「この状態って、一体どうしたっていうの?」
『おそらく新聞にも載っていると思いますが、昨日のニュースにショックを受けていて』
「ニュースにショックって?」
『昨日の夜にフランスからの飛行機が……』
そこで、再びガタンという大きな音のあと、
突如、携帯の通話が途切れてしまった。
「鏡夜君!?」
慌てて、もう一度かけ直したが、
今度は、電源が入っていないためかかりません、という、
お決まりのメッセージが聞こえてくるだけ。
一体、何があったっていうのよ。
とりあえず、ハルヒのアパートまで向かうしかないと考えて、
最寄の駅まで歩きはじめた蘭花は、
途中でコンビニを見つけると、中に立ち寄って新聞を一部購入した。
「そういえば、ニュースがどうとか言ってたわね」
コンビニの前で蘭花は新聞を開いたが、
詳しく中を見るまでも無かった。
鏡夜が言ってたニュースは、朝刊の一面に載っていたから。
フランス発の航空機が昨夜……ロシア国境付近で墜落……。
乗員乗客の生存は絶望的……日本人の乗客は53名……。
そして、間もなく蘭花の目は、
その新聞の中面に掲載されている日本人の乗客リストの中に、
良く知った名前を見つける。
須王環。
その名前を見た瞬間に、蘭花はぐしゃりと新聞を握りしめると、
地下鉄の駅へ向かって全力で走り始めた。
環君が……こんなの……嘘、でしょ?
環の存在がハルヒの中で大きな割合を占めていることなんて、
当人達以外の周りの人間は、とっくに皆知っていた。
蘭花は、娘が受けているだろう衝撃の重さにぞっとなる。
琴子……!!
愛する人が自分の前からいなくなってしまう。
こんな苦しい思いを抱くのは、自分だけでいいと思っていたのに、
ハルヒまで自分と同じ思いを経験するなんて、
どれほど運命は意地悪なのだろう。
琴子、あたし、どうしよう……。
自分が落ち着いていられたのは、
妻が自分にハルヒを残していってくれたから。
火葬場の長い煙を見つめながら繋いだ手。
その小さな温もりに、悲しみに破れそうだった自分の心は癒された。
でも今、環君がいなくなったら、
あの子に残るものなんて何もないじゃない。
逸る気持ちに、電車に乗っている時間がとても長く感じらる。
そわそわしながら乗り継いで、小一時間ほどかかっただろうか。
ようやく娘のアパートの前まで着いた蘭花は、
チャイムを何回か押してみたが、返事が無い。
「ちょっとハルヒ、いるのよね?」
そう呼びかけながら玄関に手をかけると、鍵は掛かっていなかった。
「ハルヒ?」
玄関を開けると入り口にはきちんと揃えられたハルヒの靴と、
乱雑に脱ぎ捨てられている男物の靴があって、
すこし先の床の上には、充電池の外れた携帯電話が転がっている。
「ハルヒ? 鏡夜君? いるの?」
蘭花が声をかけながら、部屋に上がりこむと
入り口からは死角になっていた、部屋の奥から応える声がする。
「……蘭花さん」
「鏡夜君?」
部屋の奥に進んだ蘭花が見たものは、
鏡夜のシャツをぎゅっと掴んで、
彼に抱きつくようにして倒れているハルヒと、
壁際に腰を下ろして、壁に寄りかかりながら、
その肩をそっと抱きとめている鏡夜の姿だった。
* * *
続