『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -18- (ハルヒ&鏡夜)
オフィスに戻った鏡夜は、独り、この二ヶ月を振り返っていた。
ずっと夢見てきたハルヒとの日々。けれども、「夢」はいつかは覚めるもの……。
* * *
答えを見つけたくて、考えれば考えるほど、
余計にその答えが分からなくなってしまうのは、何故?
* * *
午前零時少し前。
部屋に着いてから一時間ほど経とうとしていたが、
ハルヒは着替えもせずに、ベッドの上にぱたんと倒れこんで、
そのまま、ぼおっとしていた。
自分は、どうしたら良かったんだろう。
一年前の事故のこと。
傍で見守ってくれた、鏡夜の無償の優しさ。
壊したくないものは何かという芙由美の問い。
環と一緒に過ごした日々。
二ヶ月前の鏡夜の告白。
彼と自分の傷ついた心。
雷雨の夜の出来事。
ロワグランホテルの前の鏡夜の姿。
遂に伝えてしまった自分の気持ち。
何も答えず立ち去った鏡夜。
橘から伝えられた、事故の日の真実。
今まであった色々なことが、頭の中で無秩序に思い出されて、
その度、ハルヒは枕に顔を埋めて、
その残片を意識の表面から振り落とそうとしていた。
なんだか、今は何も、考えたくない。
指一つ動かすのが億劫な脱力感の中、
ハルヒの耳に小さな機械音が聞こえてきた。
……電話?
ベッドの上に投げ出していたバッグの中で、
振動する携帯電話の着信に気が付いたハルヒは、
のろのろと手を伸ばして、携帯電話を取り出す。
画面を見ると、番号非通知の着信。
「……はい……藤岡です」
深夜に非通知の電話になんて、出る必要はなかったのかもしれない。
けれど、思考能力が低下してぼんやりとしていたハルヒは、
自覚なくその着信に出てしまっていた。
そのハルヒの耳に届いてきた、声。
『俺だ』
その声に、ハルヒは今まで脱力していたのが嘘のように、
ベッドの上で跳ね起き、携帯を取り落としそうになった。
「鏡夜……先輩……なんで……」
『切るな』
落ち着きを失ってうろたえるハルヒに、
低く落ち着いた、鏡夜の普段通りの声が聞こえてくる。
『頼むから、切らないでくれ、ハルヒ』
「あの……その……」
たとえ、ずっと疑問に思っていたことだったとしても、
あんな状態でそれを明かしてしまって、
しかも、別れ際にあんな言葉まで言ってしまって、
ハルヒは少なからず後悔をしていた。
何か、言わなくちゃいけない。
けれど、先ほど立ち去っていく鏡夜の背中を思いだし、
彼の気持ちを考えてしまうと、上手い台詞が見つからない。
「さっきはその……自分は……」
『お前に返したいものがある』
「……え?」
鏡夜の声は、驚くほど平静で、
ハルヒと言い合いをしていた時の余韻は、微塵も感じられなかった。
「返したいもの……?」
『ああ。すぐに済むから、今から会ってくれないか』
「会うって、先輩、今どこ……」
ピンポーン。
室内に響くチャイムの音に、びくっと背中を震わせて、
ハルヒは部屋の入り口を、はっと振り返った。
まさか、今、部屋の前に……?
『前にもこんなことが会ったな』
鏡夜の声はあくまで優しく穏やかだ。
『お前が嫌がることはもうしたくない。
だから、ハルヒ。すぐに帰るから、ここを開けてくれ』
先ほどの鏡夜は怒りに震えてハルヒを責めて、
ハルヒも沸きあがる感情を臆面もなくぶつけてしまった。
その後、彼女の疑問に答えることなく、
無言で車を降りていった鏡夜が、
今、電話口で冷静な態度なのが腑に落ちない。
そんな鏡夜の様子に戸惑いながら、
ハルヒはゆっくりと玄関へ向かったが、
玄関の取っ手に手をかけたものの、それを開けることは出来なかった。
『ハルヒ?』
促す鏡夜の声に、ハルヒは微かに首を横に振る。
「すみません。今、自分はどんな顔をして先輩に会ったらいいか、
わからなくて……」
『……』
すぐそこにいる鏡夜の姿は、この扉一枚が隠してくれている。
ドアスコープの向こう側、そこから覗けば彼の顔を見ることもできた、
けれど、ハルヒは彼の顔を見てしまわないように、
玄関の扉に手を付いて、額が付きそうな程に項垂れた。
「すみません、今は……開けれません」
答えながら、ハルヒは扉の表面を引っ掻くように、
左手の指先をぐっと折り曲げる。
真夏の夜は、膨大な熱量で世界は包まれているというのに、
二人を隔てるこのドアに触れる指先だけが……とても、冷たい。
『そうか』
また、感情的になって怒られるか、
それとも強引にドアを開けられるか、
そんな風にハルヒは予想していたが、意外に鏡夜の様子は変わらなかった。
『お前の嫌がることはしないと言ったが、
結局、今、こうしていることが、
お前を苦しめていることに……なっているんだな』
そう、自嘲気味の声が聞こえたと同時に、
……かたん。
ハルヒの膝のあたり、ポストの口が開けられて、
何かが、郵便受けの中に転がる音がした。
『それを、返しておく』
ハルヒが屈んで、左手で郵便受けの中を探ると、何かが指先に当たった。
「これって……」
ハルヒの指先が探り当てたのは。
「これって、もしかして……先輩が前に作ってた……この部屋の合鍵?」
二ヶ月前。
環の事故のショックで、ハルヒが心に高い壁を作って、
その中に一人閉じこもっていたときのこと。
『あの時は、俺が、勝手にこのドアを開けたんだったな』
深夜に来訪した鏡夜は、
頑なに鏡夜を拒否し続けていたハルヒを説得するために、
強引にハルヒの部屋に入ってきた。
彼が密かに作っていた、この部屋の合鍵で。
「ずっと……持っていたんですか?
だって、あの後、一度だって先輩はこれを……」
けれども、彼女が鏡夜の告白を受け入れてから、この二ヶ月、
鏡夜がその合鍵を使って、
勝手に彼女の部屋に入ったりすることは一切なかった。
あの日、扉を……自分の心の扉を開けてくれた鍵。
『あの日は、お前が俺にやっと心を開いてくれた日だったから、な』
開けられた当の本人が忘れてしまっていたというのに、
密かにずっとその日の思い出を、持っていてくれたということに、
目の奥に熱いものがこみ上げてきそうになっていたハルヒだったが、
続く鏡夜の声が、その感情を打ち切った。
『だが、もう、俺には不要なものだ』
ハルヒの視線が、手の中の鍵から、目の前のドアへ動く。
『ハルヒ』
耳元で囁かれているような携帯越しの鏡夜の声。
大事に持っていた思い出の鍵を、
あえて今日「返しにきた」と言った、彼の行動の意味。
この先に続く言葉を予感して、
ハルヒの胸の奥から、じくじくとした痛みが湧き上がってくる。
鍵を持ったまま、そのこぶしで胸を押さえてみても、
その痛みは増していくばかり。
『今まで、俺の勝手ばかり押し付けて、すまなかった』
もう、掠れても、震えてもいない、彼の声。
ハルヒの心臓が、どくりと一度大きく波打った。
『もう……終わりにしよう』
* * *
続