『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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共に在る理由 -17- (鏡夜&ハルヒ)
今の関係に何一つ無理がないと言い切れるのか。
ハルヒの問いに何も答えることが出来ずに、鏡夜は一人車を降りて……。
* * *
お前が固く閉ざしていた扉を、もしも開けずに引き返していたら、
こんな風にお前が苦しむこともなかったのか?
* * *
「橘、このままハルヒを送っていけ。俺はここで降りる」
車が通りの端に止まると、
橘が後部座席のドアを開けるのを待たずに、
鏡夜は自らドアを開けて外に出た。
「……え、鏡夜先輩……?」
当惑している彼女の鼻先で乱暴にドアを閉め、
鏡夜は歩道を早足で歩いていく。後ろを振り返りもせずに。
夜のオフィス街は人影も疎らでひっそりとしている。
特に何処に行け、と命じたわけでもないのに、
橘は自然とオフィスの方に向かっていたらしい。
徒歩で出歩くことなど滅多にないが、この場所には見覚えがあった。
「鏡夜様、お帰りなさいませ」
「……」
先ほどロワグランホテルから、
取引先の令嬢を送るよう命じられていた堀田が戻ってきていて、
オフィスビルの入り口で鏡夜を出迎えた。
しかし、鏡夜は無言のまま不機嫌な表情でその前を通りすぎる。
機嫌の悪さを顕わにして、隠そうともしない鏡夜に、
その理由を知らない堀田が恐る恐る付き従ってきたが、
鏡夜にとっては、今、自分を取り囲む全てのものが、煩わしかった。
「俺がいいというまで、誰も通すな」
そう命じて、自室に入り一人になった鏡夜は、
部屋の電気も点けずに、ネクタイを緩め、眼鏡を外して机の上に置くと、
オフィスチェアーの背もたれに深く寄りかかって目を閉じた。
俺は、本当に欲深い人間だな。
窓からは都会の夜の光が、室内に入り込んできていて、
瞳を閉じている鏡夜の姿をぼんやりと照らし出している。
『先輩は本当は自分に……先輩のことだけを愛して欲しいって、
そう思っているんじゃないんですか?』
鏡夜の胸の奥を正確に衝いた彼女の言葉に、
……何一つ言葉が出てこなかった。
一生手に入らないと覚悟していたものを、
望む形とは違っても、やっと手に入れることができて、
それだけでいいと格好をつけて、
自分にも、そう納得させていたはずだった。
でも、本当に自分が抱いていた欲望は……。
彼女を自分だけのものにしたくて。
彼女に自分だけを求めてほしくて。
上手く隠せるはずだと思っていたのに、とうとう暴かれてしまった。
この心の奥底の秘めた、貪欲な思いを。
環、お前は前に、こう言っていたな。
『俺はハルヒを愛している。当然、手放す気もないし、
鏡夜。お前が相手でも譲る気はない。
でも、ハルヒの心は強制できないだろう?
だから、もし俺がハルヒの心を奪えなかったら、お前の勝ちだから……』
昔、ハルヒがまだ大学生の頃、
環が鏡夜に向けて宣言した言葉。
『だから、その時は……俺に遠慮することはないんだぞ、鏡夜』
環。お前はそう言って、
もしも、ハルヒが自分を求めないなら身を引くと、
そう思える心の強さを持っていた。
だが、この俺はどうだ。
傷ついていた彼女を救おうと、自分の感情は殺して、
彼女の全ての思いを受け入れてやるつもりで、
一生揺らぐことなどないと、告白したつもりが……この様だ。
自覚していなかったわけじゃない。
それでも、ずっと隠し続けていこうと思っていた。
ハルヒが自分のことを、本当に必要としてくれるまで、
それまでずっと閉じ込めておこうと考えていた。
『本当にいいのね。この道を選んで』
蘭花はおそらく気づいていたのかもしれない。
でも、たとえ他の誰に気付かれても、
ハルヒ、お前にさえ気付かれなければ、
ずっとこの関係を続けていける、そんな自信もあった。
「環……なんでお前はハルヒを置いていった?」
瞼の裏に残る眩しい影に向かって、
鏡夜は恨めしそうに呟く。
一年前に、突然壊れてしまった、彼女の幸せな世界。
ハルヒの横にはお前がいてやるべきだった。
お前がいなければならなかった。
そしたら、ハルヒがこんなに苦しむこともなかった。
『期限は来年の、ハルヒの卒業式までだぞ。
それまでに、ハルヒに愛していると言わせて見ろ。
お前が勝ったら……、
せいぜいお前らの盛大な結婚式にでも呼んでもらうとするよ』
俺はお前らの後ろで、その幸せを見ているだけでよかったのに。
環、お前が今、ハルヒの隣にいないから。
だから、俺は夢を見てしまった。
彼女が、未だ、環、お前のことを愛していても、
それを許して受け入れて、ずっと傍にいて見守れば、
いつかは彼女も、俺のことを選んでくれるかもしれないと。
そんな淡い夢を、見てしまった。
『先輩がいくら私のことを愛してくれても』
でも、所詮、夢は夢でしかない。
『その想いが強ければ強いほど、自分はどんどん辛くなるだけです』
俺では、駄目なんだ。
環、お前じゃなきゃ、ハルヒは幸せになれない。
俺は理解者を装って、ハルヒの傍にいたけれど、
それは俺の感情を、ただ優しさという形で押し付けて、
近づけば近づくほど、それが愛しい彼女を傷つけてしまう。
『こんなに苦しい気持ちになるなら、
あの時、あなたの手を、取らなければ良かった』
俺は、あんな言葉を、あんな辛そうな顔で、
ハルヒに言わせる気は無かった……!!
その時、上着のポケットの中の軽い振動音が、
鏡夜の暗く澱んだ思考を、現実の世界に浮上させた。
鏡夜は薄目を開けて携帯電話を取り出す。
「……橘か?」
『はい、藤岡様を無事ご自宅までお送りいたしましたので、ご報告を。
あと、ロワグランホテルの方にも、すでに連絡済みです、
藤岡様をご招待したお相手ですが……』
「芙裕美姉さん、か?」
『はい。……お気づきでしたか』
ロワグランホテルのディナーに招待できるほどの、
ハルヒの最近の依頼人といえば、芙裕美以外にありえない。
いつものように冷静に推測していれば、
容易に解ることだったというのに、
こんな簡単なことも気付かないほど、
醜く嫉妬をしていた自分の態度に馬鹿馬鹿しくなる。
鏡夜が大きく吐いた溜息が聞こえたのだろう。
『鏡夜様、今夜はお疲れのご様子ですし、
もうご自宅へお戻りになられてはいかがですか?
間もなく、私も会社に到着しますので……』
「……ああ、そうだな……」
室内は空調がちゃんと効いているはずだったが、
妙に蒸し暑く感じて、鏡夜は橘の助言に頷きながら、
スーツの上着を脱ぐと、無造作に机の上に放りだした。
……ことん。
上着を投げた拍子に、その胸ポケットから机の上に
小さな金属音を立てて、何かが滑り落ちる。
『鏡夜様、いかがいたしますか?』
「……」
橘の問いに答えずに、鏡夜は、それにゆっくりと手を伸ばす。
先ほどの車の中で、ハルヒは確かこう言っていた。
『ずっと怖がっていたけれど……、
この際、もう、はっきりさせておいたほうがいいですよね』
そうだな。ハルヒ……お前の言う通りだ。
どんなに心地良い眠りの中で、
どんなに美しい夢に絡め取られても、
夢の中でずっと生きていくことはできないから。
だから、いつかは、自分から目を覚まさなくてはいけない。
「橘、そのまま正面入り口に回れ。今から出る」
『はい、では今日はご自宅のほうへ……』
「いや」
拾い上げたその小さな物体を、手の中に握り締め、
鏡夜は椅子から立ち上がった。
「……ハルヒのところへ行く」
* * *
続