『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
共に在る理由 -13- (鏡夜&ハルヒ)
鏡夜とハルヒ。二人の気持ちのすれ違いをなんとかしてやりたい。
そこで、芙裕美はグルメマップの手伝いのお礼を口実に、ハルヒを食事へと招待する……。
* * *
八月第二週の金曜日、恋人達に運命の夜は訪れる。
* * *
午後五時過ぎ。移動中の車内にて。
「鏡夜様。この後はロワグランホテルでよろしかったですね」
「ああ。面倒なことだが、断るわけにもいかないしな」
今回ディナーに招待してくれた企業は、大事な取引先の一つで、
先月、鳳グループと業務提携をする話がまとまったところだ。
鏡夜にとっては、取引先の接待を受ける機会は多かったし、
特にそれが負担になるということはなかったのだが、
しかし、今日に限って鏡夜が「面倒」と言いきるのには理由があった。
鏡夜は車内で、白い表紙の冊子、薄手のアルバムを開く。
中には、二十歳くらいの着物姿の女性の写真が一枚。
そう、鏡夜に持ち込まれる縁談の中に、
今夜招いてくれた社長の令嬢がいることが問題で、
恐らく、この食事の機会を利用して、
その令嬢と引き合わされることは容易に想像ができた。
本当に面倒なことだ。
鏡夜は見合い写真をぱたりと閉じると、
頬杖をつき、外の車の流れをぼんやりと眺めていた。
大体、自分はあの日以来、
まだハルヒに連絡も取れていないというのに。
* * *
午後五時半過ぎ。東京地方裁判所前にて。
既に陽は落ちかけているものの、
うだるような夏の終わりの暑さを、
容赦なく反射するアスファルトの上で、
ハルヒは携帯電話の着信を受けた。
「はい、藤岡です。あ、芙裕美さんですか。
はい、ええ、今、午後の審理が終わったところで、
すみません、お気遣い有難うございます。
九時前にはなんとかそちらに伺えると思います。
はい、こちらこそ、有難うございます」
携帯電話を切って、ハルヒは一回背伸びをする。
事務所に帰ったら、一気に仕事を片付けてしまわないといけない。
終電になったりしたらまた心配されてしまうし。
と、考えて、ハルヒは自分の思考が混線していることに気付いた。
突然電話が来なくなったのは先週の火曜日。
それからもう一週間以上音沙汰がないのに、
彼が心配してくれるなんて、まるで論理矛盾だ。
それにしても、鏡夜は何故連絡をくれないのだろうか。
* * *
午後六時少し前。ロワグランホテル入り口にて。
鏡夜は、後部座席に見合い写真を無造作に放り投げると、
車のドアを開け控えていた橘に命じた。
「橘、八時半に電話を入れてくれ」
「かしこまりました」
鏡夜は仕事の話以外の、プライベートで厄介な話題になりそうな席では、
大抵橘に電話を入れさせて、会社がらみの緊急の用事という理由で
席を立つことにしている。
案の定、最上階のレストランに行ってみれば、
三人分の席がセッティングされていて、
これは体のいい見合いの席ではないかとも思ったくらいだ。
心の中で吐いた溜息を、決して悟られることはないように、
鏡夜はにこやかな笑みを浮かべる。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
とりあえず二時間ほど、付き合えばまあ良いだろう。
* * *
午後七時。都内弁護士事務所にて。
芙裕美との約束もあったため、ハルヒは急いで仕事を処理しながらも、
来ることはないと分かっている連絡を、それでも心の何処かで待っていた。
週末の金曜日というのは特別な日だ。
ハルヒと鏡夜。お互いに忙しい毎日を過ごしていたが、
金曜日だけは、どんなに遅くなっても必ず会えるように、
お互いに調整していた曜日だった。
そして、鏡夜の仕事さえ上手く都合がつけば、
続けて土曜いっぱい、二人だけの時間を共有できる。
もっとも、ハルヒにとっては、
それはただ甘く楽しいだけの日ではなかった。
彼が優しくしてくれる度に苦しくて。
彼に抱きしめられる度に切なくて。
毎週金曜日、平日で唯一会うことができるその日は、
待ち遠しくて、待ち遠しくて、待ち遠しくて、
けれど、同時に来なければいいのに、とも思っていた。
彼に会った瞬間から、彼への後ろめたさで心がいっぱいになるから。
矛盾する二つの思いを抱えたまま、
それでもハルヒは彼の傍にい続けたのに、
鏡夜から電話がこなくなって、先週の金曜日、
久しぶりに一人の夜を過ごすことになってしまった。
そして気付いたことがある。
息が詰まるような苦しく辛いこの想いを、
どんなときでも感じてしまうこと。
彼の傍にいても……彼の傍にいなくても。
* * *
午後七時半。ロワグランホテル最上階レストランにて。
レストランの席にいるのは、鏡夜と社長令嬢の二人のみ。
一つ空いた席には、食事の後は残っているものの、人影は無い。
今回、先手を打ってきたのは招待をした企業の社長の方で、
鏡夜が橘に、連絡を入れるよう命じていた時間よりも早く、
先に席を立たれて、社長の娘と二人にされてしまった。
明らかに緊張しているような、しかも五歳も下の相手となると、
気乗りはしなくても、鏡夜から話題を振るしかない。
こういうとき、ホスト部の経験がかなり役には立つ。
ただ、擬似恋愛をお互いに認識している仮想空間ならまだしも、
こういうリアルの席で、あまり相手の気分を良くして本気になられても厄介だ。
相手はどうやら自分に好意をもっているようで、顔を赤らめ俯いているけれど、
今日初めて会ったというのに、どうしてそこまで他人に入れこめるものなのか、
鏡夜には不思議で仕方なかった。
鳳の家が狙いなのか。それとも自分の容姿なのか。
それとも優しく穏やかな性格を装っているからなのか。
いずれにしても理解できない。
表面に出てきているものなんて、どこか嘘が交じっているものなのに、
そんな虚飾の仮面を信じるなんて愚か過ぎる。
それでも、中にはその仮面の裏の素顔を見抜いてしまう人もいる。
鏡夜は目の前の相手と、全く気が乗らない上辺だけの会話を続けながら、
これが終わったらハルヒに連絡でもしてみよう、という気持ちになっていた。
なんという言葉をかけてやれるかは、
彼女の声を聞いてみないと分からなかったけれど。
* * *
午後八時十五分。都内弁護士事務所前の大通りにて。
やはり多少仕事が押してしまって、
電車では間に合わないと思ったハルヒは、
大通りに出てタクシーを捕まえて、ホテルまで向かうことにした。
「ロワグランホテルまでお願いします」
数十分後、ロワグランホテル前の坂道を、タクシーは滑るように上っていく。
丁度、入り口正面には、黒塗りの高級車が二台連なって停まっていたため、
タクシーは入り口正面から若干手前に停車した。
* * *
午後八時三十五分。ロワグランホテル最上階エレベーター前にて。
「申し訳ありません。急な用事が入りまして」
やっと定刻になって橘からの連絡が入り、
残念そうにしている令嬢と二人でレストランを出る。
本来ならこの後、自宅まで送っていくのが礼儀なのだが、
最初に中座して、あからさまな態度をとったのは先方の方であるし、
これ以上、面倒なことを続ける気はとっくに失せていて、
鏡夜は橘に別の車を手配させていた。
「本当は僕がお送りしたかったのですが、
すぐにでも会社に戻らなければならなくて。本当に申し訳ありません」
相変わらず完璧な仮面を被りながら、失礼のないように、
ホテルの入り口前まで、鏡夜は社長令嬢をエスコートしていった。
* * *
午後八時四十分。ロワグランホテル前、ロータリーにて。
ハルヒが清算を終えてタクシーを降り入り口へ歩いていくと、
丁度ロワグランホテルの入り口から、
背の高い男性と、小柄な女性が手を繋いで出てくるのが見えた。
「あれは……」
女性の顔に見覚えは無かったが、
素敵なドレスを着た美人な女性だと思った。
そして、ハルヒが驚いたのは男性のほう。
その顔を、見間違えるはずはない。
* * *
午後八時四十四分。ロワグランホテル入り口前にて。
入り口前には二台の車が止まっていて、その先頭の車両で、
鏡夜付きのスタッフの一人、堀田が後部座席の扉を開いて待っていた。
鏡夜はその車に令嬢を案内すると、お辞儀をする。
「今日はお招きいただき有難うございました。
お父様にもよろしくお伝えください」
堀田の運転する車が坂道を降りていくのを見届けてから、
鏡夜はもう一台の車に乗ろうと、後ろを振り返る。
その時。
「鏡夜……先輩?」
自分を名前を呼ぶ声がした。
その声を、聞き間違えるはずなどない。
鏡夜が、驚いて顔を上げると、
数メートル離れた道の向こう側に立っている、彼女の姿が見えた。
「……ハルヒ?」
* * *
午後八時四十五分。
別々に流れていた二人の時間がようやく重なって、
しかし、波乱はすぐそこまでやってきていた。
決して逃れることができないほど、すぐ近くまで。
* * *
続