『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
周りで大勢の人間が騒いでいるのが聞こえる。
自分を呼んでいるのだろうか。
ああ、この声は橘だな?
幼い頃から今までずっと聞いてきた、
お前の声を俺が聞き間違えるはずが無い。
それにしても、
どうして身体が思うように動かないのだろう?
上から何か重いもので、
体中が押さえつけられてしまっているかのようだ。
だから、橘、聞こえているといっているだろう?
そう何度も耳元で騒ぐな。
頭が重くて、なんだかとても、眠い。
今すぐに意識を手放しそうなほどに、
頭の中がひどくぼんやりとしている。
ああ、でも、眠る前にもう一度だけ。
ハルヒ、お前の声を聞きたい。
お前の笑顔を見て、お前を抱きしめたい……。
馬鹿げてる。馬鹿げた望みだ。
大体、別れを告げたのは俺からだというのに。
それなのに、今更、何故だろうな。ハルヒ。
今、お前に無性に……会いたい。
* * *
……時は、三週間ほど遡る。八月初旬の午前七時前。
本来の出社時間よりも若干早く、
鏡夜はオフィスビルのエレベーターに乗っていた。
一緒に乗っているのは付き添っている橘くらいで、
他の社員の姿はない。
朝早く起きるのは、正直いって得意なほうではないのだが、
しかし、今は新規プロジェクト立ち上げの最中で
時間はいくらあっても足りなかった。
昨夜も日付が変わって午前1時過ぎまで、オフィスに居たにも関わらず、
家に帰って数時間で、また会社に戻ってくることになる。
そんな忙しい状況が鏡夜の日常になっていた。
橘から主要な日刊新聞の朝刊を受け取り、
オフィスに入った鏡夜は、
デスクの上に新聞を積み上げると、
一紙一紙、丹念に紙面の隅々まで目を走らせ記事をチェックしながら、
手元のリモコンでテレビをつけた。
そして耳ではニュースを聞き、目は新聞の記事を追い、
目の前の机のパソコンを立ち上げ、
すばやくキーを叩いてメールのチェックを始める。
全国の支社から送られてくる、
昨日の売り上げデータや報告書の新規メールで、
すでに100通を超える新着メールが届いている。
『……それでは天気予報をお知らせします』
三つのことを器用に並行していた鏡夜の耳に、
天気予報士の声が聞こえてきて、
彼は目を上げてテレビ画面を注視した。
この時ばかりは、キーボードを打つ手も止まる。
『続いて、関東地方の天気です。東京は、現在は晴れていますが、
南から暖かく湿った空気が入ってくるため、
昼過ぎから次第に曇り、夜は雨で雷を伴って、
非常に激しく降る所がある見込みです。
お出かけの際、傘などお忘れなくお持ちください』
雷という言葉で、反射的に仕事のスケジュールを確認する。
鏡夜がこんなにも天気予報にナーバスになっているのは、
今、自分が何よりも大切に思っている彼女、
ハルヒが大の雷嫌いで、少しでも雷が鳴れば恐怖に慄いて、
その場で動けなくなるほどの酷い有様だったからだ。
特に今の時期は天気が不安定で雷が多い。
今のような天気予報が流れる日には、鏡夜の心配は尽きないのだ。
そういえば……ハルヒの雷嫌いを、
一番に発見したのは、環、お前だったよな。
今は亡き友のことを思い出して、
鏡夜の意識は一時、目の前の現実から逸れ、思い出の中に心が泳ぐ。
あれはまだ高校の頃。
ハルヒが特待生として桜蘭高校へ入学してきて、
突発的な器物損壊事故(ということになっている)が起きて、
半ば強制的に、ハルヒはホスト部へ入部することになったのだが、
そんな新入部員のハルヒも引き連れて、
部長、環の発案で、出張部活動ということで海に行くことになった。
あの夏の日の夜。
『よくわかりました。鏡夜先輩が意外に優しいってことが』
その日の昼間、女一人でチンピラ三人を相手に虚勢を張った、
そんな無謀な彼女の目を覚ますために、
その夜、自分の部屋にやってきた彼女をベッドに押し倒した。
女であるとういことが、
男の前では、どれだけ危ういものかを教えるために。
しかし、そんな鏡夜の態度に対して、
彼女はたじろぎもせずに、鏡夜をじっと見つめて、
とても意外なことを言ってきた。
『わざと悪役に回って教えてくれたんですよね?』
暗い部屋の中で、男に組み敷かれている状況にも関わらず、
少しも慌てることなく、こんなことをハルヒは自分に言って見せた。
そういえば、あの夏の日が、最初か。
俺がハルヒのことに、興味を持つようになったのは。
あの日以来、密かにハルヒのことを、
愛おしく想っていた鏡夜ではあったが、
同じくらい大切な親友のために、一度は彼女を諦めた。
ハルヒと環の二人が一緒になることこそが、
彼女が幸せになる一番の道と、理解していたから。
そして、彼女が幸せになることは、
鏡夜にとっての幸せでもあったから。
だからこそ、鏡夜は二人の仲を取り持つために色々動いたし、
その計算通り、二人は結ばれるはず、だった。
しかし、まさに晴天の霹靂。
そんな彼女の幸せは、
環が飛行機事故に遭ったことで、一瞬で粉々に打ち壊され、
鏡夜の心も衝撃の余り、しばらく暗闇の中を流転した。
そして、散々悩んだ挙句、
彼女に『愛している』と自分の想いを告げて、
それから一年後。
環のことを想ってくれていていいから、
今は、傍にいてくれればそれだけでいいからと、
そう訴えた鏡夜に対して、
『自分なんかを選んで、後悔しても、知りませんからね』
そう言ってハルヒは鏡夜の想いを受け止めてくれた。
あれから数ヶ月。
梅雨の時期から初夏にかけて、
最近特に天気が不安定だったこともあって、
いつのまにか、ハルヒのことを想うあまり、
毎朝、天気予報を欠かさずに確認することが、
鏡夜の日課となってしまっていた。
我ながら『らしくない』とは思うんだが。
大体、子供の頃から移動は全て送迎車で、
天気に関心を持つことなどあまり無かった。
高校でホスト部をやっていた時は、
イベントとの兼ね合いもあって天気のチェックはしていたが、
環の事故の後、今、こうしてハルヒと一緒にいられるようになるまでは、
天気のことなど、殆ど気になることはなかった。
他人のことを考えすぎて、
自分の行動を変えるなんてナンセンス。
それが持論のはずなのだが、
しかし、ハルヒに対してだけは、
鏡夜の態度は、他人に対するそれとは180度変わってしまう。
それほどに、大切な存在。
鏡夜が日々彼女のことを、これだけ心配しているというのに、
当のハルヒはあまり鏡夜のことを気にしていないようにも感じる時があるが、
それでも、自分の手を取ってくれた彼女に、
今まで環のことに気を使って遠慮してた分、
出来る限りのことはしてやりたいと考えてしまう。
まるで自分が自分ではないようだが、
これが……「溺れる」ということなんだろうか?
忙しい中でも、時間があればついハルヒのことを考えてしまう。
そんな自分の浮ついた状態を自覚して、鏡夜は思わず口元を緩めた。
テレビの右上に示された時刻が、
まもなく八時を回ろうとしている。
さて。
鏡夜はテレビを消し、携帯電話を取り出した。
そろそろ、ハルヒに電話をかけてやる時間だ。
* * *
続