『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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傷ついた鳥達 -9- (鏡夜&ハルヒ)
ハルヒを愛おしく思いながらも、環がいる限りは二人を見守ろうと決めていた鏡夜。
けれど、一本の電話が、そんな彼の予定を狂わせる……。
* * *
そう、他ならぬ環だからこそ、
ハルヒが連れて行かれても………俺は、満足だ。
それが鏡夜の紛れもない本心だった。
一本の電話が、彼の元にかかってくるまでは。
* * *
一年前の春、3月22日午後10時過ぎ。
珍しく、仕事が早めに片付いて、
自室のソファーにもたれて読書をしていた鏡夜の耳に、
携帯電話の着信の振動音が聞こえた。
机の上においてあった携帯を取ると、
やや意外な人物からの電話だった。
「ハルヒか? どうしたんだ、こんな時間に」
明日は卒業式のはずだ。
卒業するのが寂しくなったのかと、早速からかおうかと思った矢先。
『……助けてください。鏡夜先輩!』
明らかに彼女の様子がおかしい。
「どうしたんだ?」
『環先輩が……今、環先輩から電話があって……』
受話器の向こうのハルヒの呼吸が荒い。
過呼吸気味になって、言葉がうまく出せないらしい。
「環がどうした?」
『飛行機の中からとか言ってて……聞き返したんですけど……飛行機が……』
「飛行機がどうした?」
『すごく周りが……悲鳴みたいな、なんだか……すごく混乱してる感じで、
うるさくて、よく聞き取れなくて……どうしたのか聞き返したんですけど、
そしたら、すごく大きな……爆発みたいな音がして……電話が切れて……、
すぐかけなおしたんですけど、全然つながらなくて、
それからニュースとか、インターネットとかずっと見てるんですけど……、
何も、情報がないんです……鏡夜先輩しか、頼れる人が思いつかなくて……』
「……落ち着け」
鏡夜は慌てて携帯電話を左手に持ち帰ると、
開いた右手で机の上のノートパソコンを開く。
環は確か、急な仕事でフランスに行っていたはずだ。
久々に母親に会えると喜んでいたから良く覚えている。
しかし、あまりに急なことだったから、
ハルヒの卒業式に間に合わせるための専用線が手配できず、
一般の航空会社を利用して日本に向かうと言っていた。
フランスに立つ前の電話で聞いた話だと、
21日まで仕事が入っていたはずだから、
それから飛行機に乗ったとして22日か?
「環は、何時、日本に到着すると言っていた?」
「昨日の朝もらったメールだと、
卒業式の当日……朝9時頃成田に着くって、
午後1時の卒業式には絶対行くからって書いてありました……」
「明日の午前9時だな」
逆算すれば、前日の13時から14時頃の出発か。
--Class-First,March 22,FRA,13:00
鏡夜は素早くキーを叩いて、飛行機の運航状況を確認する。
検索の結果は、程なく画面上に表示された。
--AFA272
Departure 13:15 ,Paris, Charles de Gaulle (CDG) FRA
Arrival 08:55(+1) ,Tokyo, Narita (NRT) JPN
12 hours 40 minutes(Flight hours)Going straight B 109
可能性があるとすれば、これか。
「とにかく急いで調べるから、いったん切るぞ。待てるな?」
「……はい」
「よし。三十分以内に折り返すから、待っていろ」
そう言って、ハルヒとの通話を切った鏡夜は、
すぐに別の場所へ電話を掛け直した。
「橘か? 俺だ。至急調べてほしいことがある。
現地時間22日の13時15分に、パリのシャルルドゴール発、成田行、
AFA272便の……成田、到着予定は日本時間で23日8:55の……
環が乗っている可能性が高い便だが、現在位置と状況を調べてほしい。
あと、乗客リストも送ってくれ。大至急だ」
パソコンのメールソフトを立ち上げつつ通話を切り、
また別のウィンドウで情報を浚う。
ハルヒが言ったように、一般のニュースサイトや公式の発表では、
特に飛行機事故などのニュースは流れていない。
程なく橘からの新着メールが届き、鏡夜は急いで転付ファイルを開く。
送られてきたのはAFA272便の乗客リスト。247名分。
鏡夜は画面に表示されたリストの細かい文字を
上から丹念に目で追っていく。
--Tamaki Suo
その中に環の名前を見つけ、鏡夜の心臓がどくりと跳ねる。
『鏡夜様。DGACから回答来ました。まだ詳細は不明ですが
日本時間で午後9時47分にロスアヴィアが非常事態信号を受信。
その後、コントロールレーダーから消滅したそうです』
「レーダーから消滅?」
『現在、機体を捜索中とのことです。詳細が入りしだい、またご連絡します』
「……頼む」
管制レーダーから消滅だと?
鏡夜はすぐにハルヒの元に電話をかける。
「ああ、ハルヒか、俺だ」
『鏡夜先輩! 何か、わかりましたか!?』
ワンコール鳴り終わる前に、すぐ電話に出たハルヒの声が、
かなり切迫している様子だったので
鏡夜は現在の状況を細かく伝えることは避けた。
「とりあえず、環の乗った便は特定できた」
「じゃあ、環先輩の言ってた……、
飛行機からかけてるって言うのは本当だったんですか?」
「時間的に考えれば、間違いなく機内からだろうな」
「……ということは、やっぱり飛行機に何かあったんでしょうか!?」
「衛星通信は上空を通過する国によっては圏外にされることもあるから、
つながらないだけではまだなんとも言えないが……。
とりあえず、現在位置をフランスとロシアの航空局に問い合わせてるから、
詳しいことが分かったらまた電話する」
『……分かりました。お願いします』
ハルヒに聞こえないように、
鏡夜は携帯をパチリと閉じてから溜息をついた。
機内からの携帯通話サービスは、
地上電波を拾うものではなく衛星通信を利用していて、
各国の航空法によって、通話が規制されている場合もある。
だから、携帯が通じないということは、
ハルヒに説明したような、極めて単純な理由の可能性もあるのだが、
それにしても、ハルヒから聞かされた、
環との通話が途切れた時の状況が異常すぎる。
嫌な予感がする。
橘からの連絡をまつ間、何度となくパソコンのキーを叩いてみたが、
これといって新しい情報は特に見つからなかった。
……まだか?
ホスト部をしていた高校三年間は、
あんなにも短いものだったのに、
今、このときの一分一秒は、その何倍も長く感じる。
ぶるるるる。
橘からの連絡が入ったのは、鏡夜に命じられてから二十分程後のことで、
客観的に考えれば、それほど長い時間というわけではない。
けれど、今の鏡夜にとっては、とてもとても長い時間に感じられた。
『お待たせしました。鏡夜様、よろしいでしょうか』
「ああ」
『AFA272便ですが……その……』
「なんだ、橘」
『いえ……この機体には、環様が……乗っていらしたんですか?』
電話の向こうの声が、なんだかはっきりしない。
「はっきり言え、橘」
『ですが、その……』
「さっさと言え!!」
鏡夜の鋭い声に気押されて、
橘の小さい悲鳴が、携帯越しに鏡夜の耳に届く。
『では……ご報告いたします、AFA272便ですが……』
予感というものはどうして、悪いときほど的中するのだろう?
この時ほど、鏡夜はそう思ったことはない。
『先ほどAFA272便は墜落が確認されました。
乗客の生存は絶望的とのことです』
…………。
鏡夜は携帯を握り締め、目を見開いて、言葉を失った。
体が全く動かせない。指先一つでさえも、
体中の感覚が、ぷつりと切れてしまったかのように。
……鏡夜! すごいことを思いついたぞ。
これは……何の……冗談だ?
……ハルヒが大学を卒業するまでに、ハルヒの心を奪えたら、俺の勝ち。
また、どうせ、いつものふざけたお遊びなんだろう?
……奪えなかったら、そのときは、お前の勝ちだ。
そうなんだろう、環!!
……そのときは、遠慮することはないんだぞ……鏡夜。
『鏡夜様……?』
繋がったままの回線の向こう側で、
無言になった鏡夜の態度に、橘の狼狽した声がする。
『鏡夜様、お聞きになっていらっしゃいますか? 鏡夜様?』
何度か呼びかけられて、鏡夜はやっと我に帰った。
「……ああ……聞こえてる」
心に湧き上がってくるのは、怒りなのか悲しみなのか。
判然としない混沌とした黒い負の感情を、
必死になって押し込めて、鏡夜は橘に命じた。
「橘、車を回せ」
『鏡夜様、どちらへ?』
「……ハルヒの家に行く」
* * *
続