『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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傷ついた鳥達 -5- (ハルヒ&鏡夜)
ハルヒが大学を卒業するまでに、ハルヒの心を奪うと宣言した環。
そんな環との勝負を思い出した鏡夜は、彼女を救うため行動に出る……。
* * *
インターホンからの声が一瞬途切れ、
諦めてくれたのだろうかと、思ったのも束の間、
再び聞こえてきた彼の声は、それまでとは一変していた。
『お前が、自分から開ける気がないのなら仕方がない』
当初は、なかなか表に出てこようとしないハルヒに、
若干苛立ちつつも、どこか諦めた様子だった彼の声が、
一転、迷いを一切振り切ったような、力強い口調に変わったのだ。
そして。
……カチャッ。
次に聞こえてきたのは、目の前の扉の鍵の開く音。
「……え?」
数か月前のこと。
光邦から声をかけられて、
埴之塚邸にホスト部メンバーが集まった際、
たまたま、鏡夜と二人っきりになったことがあって、
その折、鏡夜から初めて、自分に対する気持ちを打ち明けられた。
突然のことで驚いた、というよりは、
その時は何故か「怖さ」ばかりが先行して。
咄嗟に鏡夜との間に「壁」を作った。
自分は今でも環のことを愛している。
環のことを忘れるなんてできない。
そう言って、彼のその言葉を拒絶した。
それから鏡夜とは会い辛くなって、
先輩たちや双子たちが誘ってくれるホスト部の集まりにも、
全く顔を出せなくなってしまった。
すると、行かないなら行かないで、
今度は電話攻勢を受けることになってしまって、
流石に最初のうちは、無下にすることもできずに、
当たり障りの無い応対をしていたものの、
次第にそれも億劫になって、
最近は、メッセージにもメールにも、
なんら返事をしないままに、放置することが続いていた。
そうやって、ずっと顔を合わさずに、
このまま済ませられるのならと、
鏡夜の優しさから逃げてばかりいた自分。
でも、冷静に考えてみれば、
いくらハルヒが逃げ続け、拒み続けたところで、
鏡夜が本当にハルヒに会いたいと望むのなら、
ハルヒの職場に手を回して、
鳳関連の仕事を担当するよう仕向けても良かっただろうし、
プライベートポリスを使って、強引に、
ハルヒを自分の屋敷に連れてくることだってできただろう。
例えば、もっと直接的に、
ハルヒのマンションの合鍵を手にいれることだって。
それだけの力を持っているにも関わらず、
鏡夜は環がいなくなってからは、
桜蘭高校在籍中のような、鳳家の財力や権力を存分に使った、
一般庶民の自分からみれば、かなり理不尽と思われるような行為は、
少なくともハルヒに対しては一度としてしたことはなかった。
そう。
やればできたはずのことを、鏡夜は一度もしなかった。
ただ、根気強く電話やメールをくれただけで。
だから、ハルヒもすっかり彼の家柄、彼の力というものを、
忘れてしまっていたのだ。
それは愛する人を突然失ったハルヒに対する、
鏡夜なりの一つの誠意の示し方だったのかもしれない。
それなのに、今夜の鏡夜は……。
ハルヒの視線は、玄関の扉に釘付けになっていた。
……カタン。
ゆっくりと、玄関の扉が開く。
力を失ったハルヒの右手から、
インターホンの受話器が滑り落ちる。
「ハルヒ」
玄関口に現れたのは、長身痩躯のシルエット。
やや低めの柔らかな声が、直接ハルヒの耳に届く。
「……鏡夜、先……」
「入るぞ」
ハルヒの意思を問うこともなく、
鏡夜は部屋に上がりこみ、ゆっくりとハルヒに近づいてくる。
「こ……こんなやり方、卑怯ですよ!」
それを見たハルヒは、無意識に部屋の奥の方へ後ずさっていた。
「お前が会ってくれないんだから、仕方ないだろう?」
常夜灯の淡い光が、ハルヒの前に彼の姿を朧に浮かび上がらせている。
「来ないで下さい……」
そのまま、部屋の奥へ逃げようとしたが、
駆け寄った鏡夜に体を引き戻され、
そのまま両手首を掴まれて、向かい合う格好になった。
「離して下さい!」
薄暗い室内の光の中、至近距離に近づいたことで、
ようやく鏡夜の顔が見て取れた。
「鏡夜先輩は、なんで、こんなに自分に構うんですかっ!」
涙が溜まった視界の中で、ハルヒが鏡夜の表情を伺うと、
彼の顔には笑みはなく、かといっていつものような冷静沈着な様子でもなく、
どこか怒ったような顔でハルヒを見下ろしている。
「言わなかったか?」
手首を掴む指に力が加わる。
「俺はお前を愛していると、もう何度も言っただろう?」
ハルヒは鏡夜の顔をまともに見ることができなくて、
とっさに視線を足元に逸らした。
「自分も、何度も先輩に言ったはずです」
「……環を忘れるのは、無理だと?」
「そうです!!」
飛行機の事故原因は、今でも正確には解明されておらず、
テレビや新聞では様々な憶測は飛び交っていたが、
結局、当時、機内がどのような状況だったかはよく分かっていない。
ただ、コントロールを失った飛行機が、
墜落するまでの、その残されたわずかな時間、
状況を察した環は、最期の最期にハルヒの元へ電話をくれた。
混乱する状況の中、つながるかもわからないその電話が、
彼女の元へと届いたのは、悪夢の中の唯一の奇跡。
母親でもなく、父親でもなく、親友である鏡夜でもなく。
環が最期に選んだのは、ハルヒに言葉を残すこと。
……愛しているよ。ハルヒ。
それは、とてもとても強い呪縛。
相手がいなくなってしまったが故に、永遠に解けない呪い。
「自分は何も伝えられませんでした!
自分も環先輩のことを愛してるって、
そう伝えることすらできずに、環先輩はいなくなって……」
あんなに突然に、一方的に、優しい想いだけを残して。
だから、環のことは忘れてはいけない。
これは……罰だから。
自覚はとっくに在ったはずなのに、
環の優しさを利用して、天然無自覚を装って、
友達以上恋人未満の甘い世界に浸っていた。
これは、そんな自分への罰だから。
「一年も経つのに……いつまでも引きずってて……、
大馬鹿だって……きっと思いますよね……。
でも、自分はこういう弱い人間なんです。
だから、いい加減……自分のことなんて……放っておいてください」
環の事故の後、ずっとハルヒのことを心配して、
時には優しく見守り、時にはきつい言葉で、
なんとか自分を暗闇から引き上げようとしてくれている鏡夜に、
酷いことを言っているのは分かっていた。
でも……。
悲痛な表情を前髪で隠したハルヒは、
涙ながらに声を絞り出す。
こんなにも自分を気にしてくれている、
鏡夜の温かい心を傷つけることの罪悪感がないわけではないけれど、
それでも、罪深い自分にとっては、
こうすることこそが、環への罪滅ぼしになると思うから。
「自分は一生、環先輩のことを……」
「忘れる必要はない」
「……え?」
一瞬、何と言われたのか理解できなくて、
ハルヒは、おそるおそる鏡夜を見上げた。
「先輩、今、なんて……?」
眼鏡のレンズ越しにも美しい、鏡夜の瞳が、
今夜、初めてハルヒのそれとまともに合わさった。
「環のことを忘れる必要はない、と言った」
* * *
続