『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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傷ついた鳥達 -14- (鏡夜&橘)
心配する鏡夜と、一人で強がるハルヒの心はすれ違う毎日。
そんなある日、鏡夜の元にホスト部のメンバーから次々と電話がかかってきて……。
* * *
こいつらは……一体、何を企んでいる?
立て続けにかかってきたホスト部員からの電話に、
鏡夜はかなり当惑していた。
状況から察するに、光邦が全ての仕掛け人だろう。
数か月「も」経ったといっていいのか。
「まだ」数か月しか経っていないと言った方がいいのか。
少なくとも事故の衝撃から立ち直ったとはとても言えない、
鏡夜とハルヒのことを、光邦なりに考えて、
互いを会わせるお膳立てをしてくれたのだとも思う。
ハルヒへの好意については、
高校時代、うまく隠せていたと思っていたのに、
光邦はかなり早い段階から勘付いていたらしい。
だから光邦が、自分とハルヒのことを考えて、
こういう行動に出ることも、まったく想定外というわけではない。
しかし、今回のように、
自分抜きで、裏で話が進んでいるような展開は、
鏡夜がもっとも毛嫌いすることだった。
彼女をただ抱きしめて、必死に名前を呼び続けた、
あの日以来、ハルヒは鏡夜に全く頼ろうとしてこないのに、
こんな状況でハルヒに会ったところで、
この閉塞した事態が打開するとも思えなかった。
余計な気は、あまり回して欲しくないものだ。
それが鏡夜の正直な感想だった。
* * *
ホスト部のメンバーからの電話にも関わらず、
結局、鏡夜は日曜日に入っていた仕事の予定は全く変更せず、
光邦主催のパーティには欠席するつもりだった。
ところが。
「鏡夜様、今日の会議の予定は以上で終了です」
日曜日の午後二時を過ぎた頃。
取引先との商談を終えて、
地下駐車場に停めてあった移動用の車に戻った鏡夜に対して、
運転席の橘が妙なことを言ってきた。
「終了? 今日は他にも打ち合わせが三本入っていただろう?」
「すべてこちらから申し入れまして、別日程に変更させて頂きました」
「なんだと?」
鏡夜の眉がぴくりと動く。
「橘。お前、俺に断りも無く……」
「お叱りは覚悟の上です」
橘には珍しく、鏡夜の言葉を途中で遮った。
「ですが……環様の事故があった日の鏡夜様は、
今までに無いほど、憔悴していらっしゃいました。
環様がいなくなって、鏡夜様が心を許せる方が
一人もいなくなってしまわれたのではないかと、
私達スタッフは皆、心配していたのです」
「それが今の状況と何の関係がある?」
鏡夜の眼鏡の奥の目つきが険しくなる。
「あの日……藤岡様の家から出てこられた鏡夜様は、
いつも通りの鏡夜様に戻っていらっしゃいました。
ですから、鏡夜様には、藤岡様が必要なのだと思います。
昨日、桜蘭高校の皆様方から私に連絡がございまして、
本日、埴之塚様のお屋敷で行われるパーティに、
藤岡様もいらっしゃるとお聞きしましたので、
私の独断で本日の午後の予定を、全てキャンセルさせて頂きました」
橘、お前までもが、
俺の預かり知らない計画に乗せられて、俺を動かそうとするのか?
鏡夜は、ホスト部のメンバーから電話をもらった時と、
同様の苛立ちが再び湧き上がってくるのを感じた。
「橘。お前、これが、どういう結果になるか、
当然、わかってやっているんだろうな?」
鏡夜の凄みの効いた低い声を聞けば、
いつもは、おどおどたじろぐはずなのに。
この日の橘は全く動じる様子を見せない。
「無論でございます。もしも不快に思われましたら、
即刻解雇していただいても……」
「当然だ」
今度はお返しとばかりに、鏡夜が橘の言葉を容赦なく断ち切る。
「キャンセルしてしまったものは、今更仕方ない。
とにかく家に帰るぞ。着いたらお前はクビだ。
ああ、それから、わかっていると思うが……」
鏡夜は腕組みして橘に鋭い視線を向けた。
「そう簡単に次の仕事を探せると思うなよ?」
由緒ある鳳家の、
しかも一族のボディガードとして配属されるということは、
護衛する人物のプライベートも含めて、
様々な秘密を知る立場に立つということになる。
もし、その内の一人でも、
競合する他の企業や財閥に引き抜かれてしまったら、
どこから足元を掬われるかは分からない。
だから、橘を始めとする鳳の使用人は、
全て身元も確かで、鳳の家に忠誠を誓っており、
本来ならば鏡夜に逆らうということは絶対にできないはずなのだ。
「それにしても、橘。
お前が、こんなことも理解できない男だったとは知らなかった。
いくらホスト部の連中に唆されたとしても、な」
窓の外に目をやって、ぽつりと鏡夜は呟いた。
期待はずれだと言わんばかりに。
もちろん「信じていた」なんて青臭い情で言っているのではない。
長年自分に仕えていた橘が、
自分の指示ではなく、ホスト部のメンバーに従って事を進めたことが、
鏡夜にとって意外で、不快な事実だっただけだ。
ああ……本当に、腹が立つ。
「お言葉ですが鏡夜様。
これは、言い訳に聞こえるかもしれませんが、
今日の件は、ホスト部の皆様から言われたからではございません。
私含め、鏡夜様付のスタッフは皆、
鏡夜様の命令以外では動きませんから」
鏡夜は橘の言葉に、呆れたように溜息をつく。
「情状酌量が望みなら、もっとましな言い訳を考えろ。
俺は予定を変更しろと命じた覚えはないが?」
「私共は、普段から、直接的に言葉に出して命じられなくても、
常に鏡夜様の意を汲み取って、
適切かつ迅速に対応するよう、訓練されております」
どうせ解雇をされるのならば、と腹を括っているのか、
橘の態度は実に堂々としていて、
全く言い淀むことなく、最後に、こう締めくくった。
「私は、鏡夜様のお心に従っただけです」
言いたいことは全て言い切ったということだろうか。
鏡夜からの反応が無いので、
「……申し訳ありません、出過ぎたことを申し上げました」
橘はそう謝罪すると、以降、ぴたりと口を閉じて、
車のエンジンキーを回した。
「……」
鏡夜が橘の言葉に何も答えなかったのは、
彼に怒っていたからではない。
橘の開き直ったと言おうか、妙に自信に満ちた態度を前に、
怒りを通り越して、驚いたというか、呆れたというか、
とにかく余りに橘の言葉が、予想外の一言だったために、
さあっと、一気に体の毒気が抜かれてしまったからだ。
鏡夜は、わずかに目を細めて、橘を見た。
「……なるほど」
車を出す前に、バックミラーの位置を直していた橘の背に、
そう言葉をかけて静寂を破ったのは鏡夜だった。
「それは、なかなか面白い意見だな、橘」
橘が、鏡夜に黙って勝手な予定変更を行った理由、
ホスト部のメンバーの差し金ではなく、
鏡夜のことを考えた結論だという、本当の理由を聞いたことで、
先ほどまでの、裏切られたことによる怒りの感情はすっかり消え失せて、
心に余裕が戻ってきたようだ。
環といい、ホスト部の連中といい、橘といい、
……たく、どいつもこいつも。
鏡夜はくすっと微笑んだ。
俺の周りは、本当に、おせっかいな奴らが多いな。
「分かった。行けばいんだろう? 埴之塚邸へ」
「鏡夜様……」
「ただし」
鏡夜はバックミラー越しに橘を睨みつける。
「勝手にスケジュールを変えた代償は当然支払ってもらうぞ、橘」
「ひっ……」
ミラー越しに鏡夜と目を合わせてしまった橘は、小さく悲鳴を上げた。
「とりあえず、今後は馬車馬のように働いてもらうから覚悟しておくんだな」
鏡夜から告げられた言葉を聞いて、
橘はミラーから手を離すと、恐る恐る後ろを振り返った。
「……鏡夜様……それでは……クビというのは……?」
「何か不満か?」
「い、いいえ! 滅相もございません!」
鏡夜の迫力に気押されて、
橘はくるりと前に向き直ると、慌てて車を発進させた。
確かに、他人が立てた計画に、
踊らされるのは気に入らないが……。
走り始めた車の中で、
鏡夜は後部座席の背もたれに深く寄りかかり、瞳を閉じた。
たまには、俺も乗せられてみるとするか……環のように。
この後、ハルヒに会ったら、
一体、自分は彼女のために何と言ってやれるだろう。
『今のハルちゃんを助けられるのは、鏡ちゃんだけだと、僕は思うな』
最近は電話でしかまともに彼女の声を聞いていないのに、
もしも、また、強がったぎこちない笑顔を、
目の前で見せられてしまったら……。
その時、俺は自分の心を自制することができるだろうか?
自問自答を繰り返す鏡夜を乗せ、
車は埴之塚邸へと向かっていく。
* * *
続