『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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傷ついた鳥達 -13- (鏡夜&ホスト部メンバー)
環の想いに応えられなかった自分を責め、一人で大丈夫と強がるハルヒ。
そんな彼女を前にして、一時は引き下がった鏡夜だったが……。
* * *
事故の後、行われた葬儀や法事、
その全ての席に、ハルヒは一切顔を出さなかった。
落ちこむメンバーを励ますために、
特に光邦が中心になってくれて、
ホスト部の皆で集まる機会を何度か設けてくれた。
先輩からの誘いを断るわけにもいかなかったのだろう、
その集まりにはハルヒの姿も見かけることはあったが、
明らかに無理をして笑顔を創っている、その姿を見るのが辛かった。
大丈夫なのかと声をかけてみても、
皆のいる前で、彼女の本心が聞き出せるわけでもなく、
取り立てて進展もない日々が続いていた。
いつでも電話をしてくれて構わないと言ったものの、
ハルヒの方から自分を頼ってくる素振りは全く無かった。
それでも、あまりに彼女の様子が心配だった鏡夜は、
自分から定期的に彼女に電話を入れるようになっていた。
一対一の会話でなら、
彼女の気持ちを聞き出せるかもしれないと願って。
けれど、何度電話をして言葉を交わしても、
彼女は、本心は一向に見せてくれないまま、
当たり障りのない会話の後で、最後に、
『自分は大丈夫です』
『いつもお気づかい有難うございます』
と、ただただ他人行儀な言葉を並べるばかり。
あの日。
「もう、一人でも大丈夫ですから」
そういって無理矢理笑顔を作った彼女。
けれど、鏡夜は閉じた扉の向こう側の、
小さな嗚咽に気付いていた。
扉が閉じる寸前、ついさっきまで、
腕の中にハルヒを抱いていたというのに。
「一人で考えます」
あの日の彼女はそう言って自分を突き放した。
俺の目の前では、これ以上、涙は見せないということか?
毎回、電話が終わると、つい溜め息をついてしまう。
環の事故の一報で、あんなにも取り乱していた彼女が、
そんなに簡単に立ち直っているはずがないのに、
どんなに気遣っても強がってばかりいるハルヒは、
まるで精巧な硝子細工が、不安定な棚の上に置いてあるかのようで、
安易に触れることは躊躇われた。
いつまでも環のことばかり考えているなと、
はっきり言ってやることも考えた。
しかし一つ取り扱いを間違えれば、
ハルヒの心の均衡は崩れて、
二度と元に戻らないかもしれない。
軽率な行動だけは避けなければならなかった。
* * *
そんな状況が数ヵ月続いただろうか。
事故の直後こそ、何度か開催されていたホスト部メンバーの集まりも、
個々の仕事が忙しいせいもあって、なかなか開催されなくなり、
鏡夜自身もいつものように、仕事で忙殺されていたのだが、
そんな鏡夜の携帯に、意外な人物からの着信が残っていた。
『埴之塚光邦』
あまりに久々だったので驚いて、
車での移動中にかけなおしてみることにした。
「ハニー先輩。お久ぶりです。
どうされたんですか? 突然電話なんて」
実家の道場の側なのだろうか?
背後で門下生の掛け声などが聞こえてくる。
『鏡ちゃん。久しぶりだねえ~』
電話口の光邦の口調は、
埴之塚当主となった今でも、昔と全く変わらない。
「アメリカの方に行ってらしたのではなかったですか?」
『うん。今度は来月からヨーロッパ方面に行くんだけど、
その前に一旦日本に帰ってきたの~』
「相変わらずお忙しそうですね。で、俺に何の用です?」
『えっとね~。実は今度の日曜にね、
ウチでケーキパーティを開こうと思って。
それで、鏡ちゃんに来て欲しいと思って、電話したの~。
最近ぜんぜん皆に会えなかったから、久しぶりに皆一緒に遊ぼうよ~』
相変わらずの甘味好きには、
呆れを通り越してある種の尊敬も抱いてしまう。
「ケーキパーティー、ですか……」
無理に会う機会を作らなくても、
ハルヒ以外のホスト部のメンバーとは、
社交場で遭遇することも多かった。
だが、全員一緒に、しかもプライベートで会う機会は、
全くといっていいほどなかったから、
光邦がホスト部で集まる機会を、
セッティングしてくれたことは素直に有り難かった。
しかし、折角の申し出ではあるものの、
今週の日曜というのは急すぎる。
現在、鏡夜は来秋新規オープン予定の、
リゾート施設のプロジェクトを一手にまかされてることもあって、
スケジュールが向こう三ヶ月までびっしりだったからだ。
「今度の日曜ですか? 折角ですが、生憎仕事が……」
と、断ろうとした矢先のことだった。
『えー折角、皆、予定空けてくれたのに
崇も、ヒカちゃんも、カオちゃんも。
それに……ハルちゃんも来るよ?』
「……」
ホスト部のメンバーで集まるなら、
ハルヒにも声をかけるのは当たり前で、
そんなことは、敢えて言われるまでもないことだ。
「……そうですか。他の連中は都合がついたんですね」
それなのに、何故、ハルヒのことを強調されるのか。
少しばかり光邦の言い方に疑問がないわけではなかったけれど、
鏡夜はあくまで冷静さを貫いて、淡々と答える。
「ですが、俺の方は、ちょっと予定をずらせそうにありませんので、
今回は申し訳ありませんが、皆によろしく伝えてくだ……」
『鏡ちゃん』
電話の向こう側から聞こえていた、
周囲の雑音が小さくなっていく。
何処か、静かな場所に移動したらしい。
『僕、鏡ちゃんに言ったよね。たまちゃんのお葬式の時に。覚えてる?』
光邦の声が、鏡夜を諭すような口調に変わる。
「申し訳ありませんが、
あの時のことは、あまり良く覚えてなくて……」
苦しい痛みが湧き上がる、あの悪夢の記憶。
それを、敢えて掘り返す作業をしたくなくて、
鏡夜は曖昧に語尾を濁した。
『鏡ちゃん、僕はね』
そんな鏡夜の心はわかっているだろうに、
光邦の声は容赦ない。
『本当に大好きなものは、
やっぱり我慢しちゃいけないと思うんだ。
自分が心から大好きな相手に、
好きって伝えるのは、とても勇気がいることだと思う。
でも、もし相手に嫌われることを恐れて、
本当の気持ちを隠し続けて、表面的に繕っていても、
それは本当の意味の優しさじゃないし、
結局、誰のことも護れないんじゃないかな』
幼さの残る柔らかな口調の裏側で、
一体、どれだけ芯が強いのか。
葬式の時、桜蘭高校の学友代表として、
弔辞を述べたのも光邦だった。
本当なら、一番の親友であった、
鏡夜がするべきことだったのかもしれないが、
あの時の鏡夜は、あまりに混乱していて、失望していて、
傷ついていて、怒りすら覚えていて、
大勢の前で環に感謝の言葉を述べるなんて、
とてもそんな精神状況ではなかった。
そんな鏡夜の心境を察したのか、
光邦が自分からやると言ってくれたのだった。
『鏡ちゃん、聞いてる? あのね……』
返事できない鏡夜の心に、光邦の言葉が響く。
『今のハルちゃんを助けられるのは、鏡ちゃんだけだって、僕は思うな』
心配して電話をかけてきてくれた先輩に対し、
無言でい続けるなんてことは、
なんとも無作法なことには違いなかったけれど、
あまりに突然に彼女とのことを持ち出されたから、
形だけの相槌さえ打つこともできなくて。
「……」
鏡夜が黙ったままでいると、
電話の向こうで、光邦のことを呼ぶ家人の声が小さく聞き取れた。
『とにかく待ってるからね。
パーティーの開始時間は午後三時からの予定だけど、
多少遅くなってもいいから、絶対おいでよね』
最後に早口で用件を伝えきった後、
光邦からの電話は慌ただしく切れた。
このままだと誰も護れない。
確かにそれはそうなのかもしれないが。
でも、だからといって、
ハルヒに対して一体どう接したらいいというのか。
大丈夫とぎこちなく笑うハルヒに、
本当は辛いんだろうと、追求しろとでもいうのか?
ぶるるる。
光邦からの電話を終えたあとの余韻で、
鏡夜の思考がまとまらないところに、
またもや珍しい人物から電話がかかってきた。
『あ、鏡夜センパーイ? 馨だけど、
日曜のハニー先輩ん家のパーティの件、聞いた?』
「……ああ、今さっきハニー先輩から連絡があった」
『鏡夜先輩ももちろん来るよね?』
「いや、仕事が入っているから、どうかな」
『仕事なんて、いくらでも鏡夜先輩なら調整できるでしょ?
殿がいつも突然思いついて企画してたイベントのときだって、
必ず予定空けてたじゃない』
「そうだったか?」
『とーにーかーくー!
僕も光も行くから、鏡夜先輩も絶対来てよね。
久々にホスト部全員で集まりたいしさ~、
あ、ごめん光が替わりたいって』
携帯を受け渡す、がさがさとした音がしたあと、
電話口の声が、ややクセのある強めの口調に変わった。
『あ、鏡夜センパーイ? 光だけど、
なんかケーキパーティとかいって、
ハニー先輩が妙に張り切っちゃっててさあ。
鏡夜先輩が来ないと、俺らで鏡夜先輩分のケーキ、
食べなきゃいけなくなるから、困るんだよね。
だから、絶対来てよね。一人だけ逃げるのは無しだよ』
一方的に言いたいことだけ言って、
双子からの電話が切れた。
ここまででも十分異例のことなのに、
更にかかってきた次の電話の相手には、流石の鏡夜も面食らった。
『……鏡夜』
「モ……モリ先輩?」
崇から直接電話がかかってきたことなんて、
高校の時から数えても、数回、といったところだろう。
『光邦が無理を言っている様で、すまない』
「いえ、ハニー先輩なりのお気遣いでしょうから。
で、モリ先輩は参加されるんですか?」
『ああ』
電話という音声だけの伝達手段を使っているにも関わらず、
相変わらず崇の口数は少ない。
「あの、モリ先輩、それでご用件は……」
『日曜に、待っている』
「いや、その、日曜は……」
仕事なので、という鏡夜の言い訳を最後まで待たず、
ぶつりと電話は切られてしまった。
「……」
光邦、馨、光、崇と、次々と立て続けにかかってきた電話。
どうやら、どうしても今度、光邦が主催するパーティーへ、
自分を出席させたいようだが、
その真意を測りかねて、鏡夜は携帯電話をぼんやりと見つめていた。
こいつら……一体何を企んでいる?
* * *
続