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『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。

Suriya'n-Fantasy-World

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傷ついた鳥達 -22-

傷ついた鳥達 -22- (鏡夜&ハルヒ)

「俺が一緒に行くから」と言ってくれた、自分を優しく見守る彼の心に頷くハルヒ。
そして、二人を乗せた車は物語の最終地点へと辿りつく。


* * *
 

ハルヒ。

……呼ばれている? 何処から?

ハルヒ、聞こえてる? 

……自分を、呼んでいるのは、誰?
 
* * *

初夏の爽やかな風が、青空に白い雲を流していく。
墓地の入り口で、ハルヒは一度鏡夜を振り返り、
それから小さく頷いて、踵を返すと、ゆっくりと奥へ進んでいった。

数歩遅れて後ろから、鏡夜が歩く速度を合わせて、
彼女の小さな背中を追いかける。

夏も近い太陽が、昼下がりに照りつける日差しの中、
環の名が刻まれた白い墓標の手前に花束を静かに置くと、
ハルヒはしゃがみこんで、両手を胸の前で合わせて瞳を閉じた。

未だに判らないのは……。

彼女の姿を見守りながら、鏡夜は静かに思考を巡らせる。

未だに理解できないのは、
何故、あいつが、最後の最後にハルヒを、
ただ悲しませ苦しめる言葉を残したのか。


風がざざっと吹き抜けて、鏡夜の前髪を揺らしていく。

環、勝負はお前の勝ちだ。
お前はその腕の中に、ハルヒを確かに捉えてその心を連れ去った。

だが、理解できない。

お前はもうこの世に、ハルヒの傍にいることはないというのに、
お前が勝利する意味が何処にある?

目の前の白い墓標に向かって、鏡夜は心の中で問い続けた。

もしも、お前がそこで、俺の声を聞いているなら、答えろ、環。

何故、お前はハルヒに、あんな事を最後に言った?

ずっと愛しているなんて、もう、ハルヒの傍にいてやれないお前が、
何故、そんな無責任な言葉を残すんだ!

「鏡夜先輩?」


現実を遮断していた意識の中に、自分の名を呼ぶ声が割り込んで、
ようやく夢幻から醒めた鏡夜の目の前に、
自分を心配そうに見つめているハルヒがいた。

「なんだか、ぼうっとしてましたけど、大丈夫ですか?」
「ああ、いや。なんでもない」

鏡夜は軽く頭を振った。

「それよりどうだ? ちゃんと環と話せたか?」

ここに向かう車の中で、環の前に出ることが怖いのだと、
やや足がすくんでいたように見えたハルヒだったが、
随分と長い間、墓標の前で祈っていたように思う。

「実は今朝、思い出したことがあって、そのことを環先輩に聞いてたんです」
「思い出したこと?」
「ええ。今朝見た夢のことで……」

* * *
 

どこまでも真っ白な、とても眩しい光の中、
自分の目の前に見える人影。

* * *

ハルヒの視線が足元の花束に向けられた。
鏡夜はそんな彼女の背中越しに、環の墓標に目をやって、
それからおもむろに、彼女に向かって、
確信を持って問いかけた。


「お前が見たのは環の夢なんだろう?」


ハルヒの肩がぴくりと動く。

* * *

俺だよ、ハルヒ。

……環先輩?

押しつぶされそうなほど、圧倒的な光の渦の下、
環の姿は黒い影となって、それ以上はっきりとは判らない。

時間があまりなさそうなんだ。
だから、お願いハルヒ。そのまま聞いていてくれないか。
俺は、ハルヒにどうしても、伝えたいことがあるんだ。

……伝えたいこと?

俺はね、ハルヒ。

ハルヒに出会えて良かった。本当に良かった。
ハルヒが俺の前に現れてくれて、
もう全ての運を使い切ってしまったんじゃないかと思うくらいに、
俺は、本当に怖いくらいに幸せだったんだよ。

……何、言ってるんですか?

聞いて、ハルヒ。

本当は、とっくに俺は気づいていたんだよ。
俺のハルヒに対する気持ちが、どういうものなのかって。
それをすぐに言わないでいたのは、
もしかすると、ただ臆病になっていたからかもしれない。

俺はハルヒの心を強制することだけは、嫌だった。
もし俺が、一方的に心を押し付けたら、
そのことで、ハルヒが苦しむことになったら、
そしてハルヒが俺の前から消えてしまったら、
そう考えて、臆病になってたと思うんだ。

だからね、ハルヒ。

俺は本当に卑怯だったと思うけど、
ハルヒが気付いてくれるのを、ずっと待っていたんだと思う。

高校の時に、一緒に海に行っただろう?
あのとき、ハルヒは、雷に怖がって俺に抱きついてきたね。
あんな風に、俺はハルヒの方から、俺を必要とされたかった。

俺はね、ハルヒ。

誰にどう思われようと、本当に幸せだったんだ。
父さんと母さんのことや、須王の家のことや、
悲しいこともそれは色々あったけれど、
幸せなことはそれ以上に沢山あった。
だから、この生き方に俺は全く後悔なんてないんだ。

でもね、ハルヒ。最後に、たった一つだけ。

一つだけ、心残りがあるとすれば、
ハルヒにはっきりと、この俺の気持ちを伝えてないことだけ。

……先輩、何があったんですか? 最後ってなんですか?

一瞬でもいい、ハルヒの顔を見て伝えられたらって
それだけはもう叶えられないけれど、
それでもあと僅か、俺の声が届くなら俺の気持ちを聞いてほしいんだ。
こんなときにならないと、勇気を出せなくて、ごめんな。

……なんで謝るんですか? 環先輩?

さあ、思い出して、ハルヒ。

……思い出す、何を……?

思い出して。あの時、俺が言った本当の言葉を。
最後まで、思い出して。

……最後まで、思い出す……本当の言葉?

携帯電話の向こう側、電波が悪く途切れがちな音声。

いつものような甘い声ではなく、何だか妙に緊迫した雰囲気の、
今まで一度だって聞いたことも無いような切ない声で。
最後に、彼はハルヒにこう言った。


『愛しているよ』


……先輩は、そう、自分に言いましたよね。

そうだね、ハルヒ。

確かに、俺はあの時、ハルヒにそう言った。
でも、あのときの言葉はそれだけじゃない。
ハルヒ、ちゃんと思い出して。
俺があの時、何をハルヒに言ったのか。

……あの時、環先輩から言われた言葉。

そう、俺はあの時、言っただろう?

『ハルヒ、聞いてくれ』
『愛しているよ』
『ずっと、愛してるから』


『……だから』


……そうだ、あの時。

そうだよ、ハルヒ。

……あの時、先輩は。

思い出して。その続きを。

……先輩は、自分に、何かを言いかけて……?

俺には、ハルヒを泣かせることなんて、絶対に出来ないよ。
ハルヒを困らせるために、一人で泣かせるために、
ただの自己満足で、最後にあんな言葉を伝えたわけじゃないんだ。

……あの時は、大きな音がして、その後はよく、聞こえなくて。

よく考えて、ハルヒ。

……なにを言いかけたんですか、わからない、わからないですよ、先輩!

ごめんね、ハルヒ。

もう、俺は行かなくちゃいけない。
そろそろ、夢から醒める時間だから。

……環先輩、待って! 答えてください、先輩!

大丈夫だよ、ハルヒ。何も心配はいらない。
この夢の世界から抜け出したら、きっとそこにあるから。
俺の言葉、俺の想い、その答え。
ハルヒなら、きっと見つけられるはず。


だって、ハルヒは、もう……。


* * *

「鏡夜先輩、気付いてたんですか?」
「……まあな」
「そっか。だから、ここに連れてきてくれたんですね」
 
ハルヒは暫く環の墓標見つめていたが、
やがて、無言のまま、すっと墓地の出口の方へ歩きだし、
鏡夜が後ろからついていくと、ハルヒはゆっくりと話し出した。

「本当は、さっきまで細かい内容は忘れていたんです。
 でも、ここに来て、環先輩の前に来たら、急に夢の事を思い出して……」
「あの馬鹿は、何か言っていたのか?」
「……環先輩が、最期に自分に電話してきてくれたときのことを」
「環はお前に『ずっと愛している』と言ったんじゃなかったか?」
「そうです。でも……」

出口を出て車へと向かう道すがら、
ふわりと一陣の風が吹きぬけて、
ハルヒは一瞬言葉を飲み込むと、風に乱された髪を押さえた。

「実はその続きがあって」
「続き?」

高校の時よりも若干伸びた後ろ髪の下から、
彼女の細い首が覗いている。

「大きな音にかき消されてしまって、
 何を言われたかは聞こえなかったんですが、
 最後に環先輩は、『愛してるから、だから……』って、
 何かを言いかけたんです。それをずっと自分は忘れていて……」
「環が?」

最期に、何かを言いかけた?

環はハルヒを愛していた。
この世界中の誰よりも、深く、強く。

なのに、その愛しい女性の傍に、もう居てやることができない。
それを理解したとき、奴は一体何を想っただろう。

「今朝の夢の中に出てきた環先輩は、
 夢から覚めたら答えはきっと見つかるって、
 そんな風に言っていたように感じたんです。
 けど、自分にはさっぱりわからなくて。
 一体、あの時、環先輩は自分に何を最期に伝えたかったんでしょうね」

ああ……。

愛する彼女の傍に自分が一緒にいることが出来ない、
そんな、もどかしい気持ち。

鏡夜にとって、それは今までずっとずっと長い間、
二人の背中を見てきて感じていた気持ちだった。

唯一、気を許せる存在であった環と、
いつのまにか惹かれていたハルヒ。

親友と、愛する人と、その二人が自分にとっては、
どちらもかけがえのない存在であって、
そしてその二人が、互いに支えあうことを望んでいたのなら、
自分はどうあってもその間に入ることができないとしたら、


その時、二人に言ってやれることは、たった一つだけ。



「結局答えは未だわかりませんけど、でも、それも含めて……、
 環先輩には今まで想っていたことを全部、ちゃんと話せたと思います」

環。

お前がいなくなってしまったあの日。
俺はお前が、ハルヒを遠いところへ連れていってしまったと思っていた。

でも、冷静になって考えれば、
お前がハルヒを泣かせることなんてあるわけがなかったのに、
ここまで気付かなかったのは俺のミスか。

ハルヒの言葉を聞きながら、
心の中が急に晴れていくような、そんな感覚を鏡夜は覚えていた。

大切な人が「何も言わず」に、遠くへいってしまうその悲しみを、
環、お前は誰よりも知っていた。
だからこそ、最期に、お前はハルヒに電話を入れた。

そういうことだったんだな、環。

「ま、お前もこれでやっと、環と向き合えるな」
「……」

鏡夜がそう声をかけると、ハルヒはぴたりとその場で立ち止まった。

「どうした?」
「鏡夜先輩」

ハルヒは振り返って鏡夜を見た。
その視線は少しも揺らぐこともなく鏡夜の瞳を捉えている。

「鏡夜先輩、自分は……」

ハルヒは、はっきりとした声で鏡夜に告げた。


「やっぱり自分は環先輩のことが好きです」


彼女の言葉が終わるや否や、
再び風が強く、二人の間を流れていったが、
ハルヒは今度は、髪を手で押さえることもなく、
風に舞うに任せたまま、ただ、鏡夜のことをまっすぐ見つめていた。

「いつまでこの気持ちが続くのかは判りません。
 もしかしたら、ずっと環先輩のことは忘れないのかもしれません。
 もちろん、この気持ちには、
 事故の後に、強がりで創り上げた部分もあったと思います。
 ずっと自分は、環先輩にはっきりと告白できなかった、
 そんな自分のことを責め続けてましたから。
 でも、たとえ強がっていた気持ちだったとしても、
 そこにも真実はあったんです。
 今日ここに、環先輩の前に来れて、改めてそれが判りました。
 環先輩がいなくなって、多少なりとも罪の意識があったことを、
 それをちゃんと全部、環先輩に曝け出して、その上で、
 やっぱり自分にとって、環先輩は、かけがえのない人だと思ったんです」

昨日の夜。

環のことを忘れてはいけないのだと、
悲痛な叫び声をあげた彼女の姿はそこにはなく、
今のハルヒの言葉の中には、ひとかけらの迷いも感じられなかった。

「……改めて理解したと?」

鏡夜が眼鏡を直しながら問い直すと、ハルヒはこくりと頷いた。

「鏡夜先輩は自分に言いましたね。環先輩のことを忘れる必要はないって」
「ああ」
「鏡夜先輩が居てくれなかったら、
 自分は大切な環先輩にさえ、嘘をつき続けるところでした。
 もう、誰にも嘘をつきたくないんです。
 だから、鏡夜先輩に、今、どうしても伝えたいことがあります。
 上手く言えるかわかりませんけれど、聞いてくれますか?」

ああ、この目だ。

ハルヒはいつも人の目をちゃんと見て話をするけれど、
こんな風に、心の中に確固とした決意が芽生えたとき、
いつもよりさらに強い力がその瞳に宿り、
そうして彼女は、何者も恐れずに向かい合う。

「ああ、聞くよ」

その瞳が、とても愛しい。

「お前の言うことならどんな言葉でも」



それが、例え……俺の望む言葉ではなくとも。



* * *

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