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『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。

Suriya'n-Fantasy-World

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傷ついた鳥達 -21-

傷ついた鳥達 -21- (ハルヒ&鏡夜)

鏡夜の体温を感じながら眠りについたハルヒは、とても優しい夢を見た。
そして、目を覚ましたハルヒに、鏡夜が行きたいところがあると言い出して……。


* * *

「……あの馬鹿の、墓参りに、な」

……お墓参り?

あまりに突然の鏡夜の申し出に戸惑うハルヒに、
鏡夜は柔らかな眼差しを向けると、
もう一度、はっきりと、彼女の心を促した。


「一緒に環に会いに行こう」


外の車で待っているからと、
鏡夜は先に部屋を出ていってしまったので、
慌てて身支度を整えて、ハルヒが急ぎ足でマンションの玄関を出ると、
黒塗りの高級車の後部座席に座っている鏡夜と、
車の脇に立っている、橘の姿が見えた。

「すみません、お待たせしました」

ハルヒが車に近づくと、橘は会釈をして後部座席のドアを開く。

「どうぞ。藤岡様」
「あ、ありがとうございます」

ハルヒがそそくさと乗り込むと、
広い座席の右側に座っていた鏡夜は、
ゆったりと背もたれに寄りかかりながら、
膝にノートパソコンを置き、キーボードを軽やかに叩いていた。

「準備は出来たか?」

鏡夜は画面を見つめたままハルヒに話しかける。

「は、はい」
「じゃあ、いくか。橘。出せ」

運転席に戻った橘をちらりと見て、短く命じた鏡夜は、
再びパソコンに目を落とす。

「鏡夜先輩。今日も仕事が入っていたんじゃないんですか?」
「ん? ああ、それは明日以降に回したから大丈夫だ」

大丈夫とは言うものの、忙しなくパソコンの画面を切り替えて、
何やら作業をしていることからも、
この午前中だけで、かなり仕事が溜まってしまったのではないかと不安になる。

「わざわざ橘さんが今朝、電話をくれたのに、先輩が起きないから……」

ハルヒが溜息まじりにそう独り言を言うと、
鏡夜のキーボードを打つ手がぱたりと止まった。

「お前、今朝一回俺を起こしたか?」
「えっ? いえ、それはその……」

鏡夜に横目で見下ろされて、
今朝の寝起きの鏡夜の剣幕を思い出したハルヒは、
動揺を隠すように鏡夜を責め立てた。

お、起こしましたよ! だって先輩酷かったんですから」
「何が酷いんだ」
「橘さんに対してですよ。先輩、電話に出たはいいけれど、
 殆ど何も言わずに携帯切っちゃって、携帯投げちゃうし。
 本当に仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ、橘なら、俺が何も指示しなくても問題ない」
「問題ないって……」

鏡夜は橘の背中に、何やら悪意に満ちた笑顔を向ける。

「なんせ、俺のスケジュールを調整することにかけては、
 前科があるからな。慣れたものだろう? 橘」
「い、いえ、そんな。滅相もございません」

怯えた声で返答する橘と、
なんだかとても楽しそうな鏡夜を交互に見つめて、
ハルヒは何事だろうと首を傾げた。

「なんなんですか? 前科って」
「まあ、気にするな」

鏡夜はくくっと喉で笑うと、再びパソコンの画面に目を転じた。

「それにしても突然……その……環先輩に会いにだなんて……」
「嫌だったか?」
「いえ、嫌というか、なんというか」

明確な、拒絶の感覚はない。
けれど、なんだろう。心の中にほんの僅かに感じる「軋み」。

「ハルヒ、お前は環の葬式にも、その後の法事にも、
 一回も顔を見せてないじゃないか。
 どうせ、墓参りにだって一度も行ってないんだろう?」
「ええ、まあ……」

ようやく作業が終わったのか、
小さく溜息をつきながらパソコンの画面を閉じた鏡夜は、
ノートパソコンを座席の脇に押しやると、やっとハルヒに顔を向けた。

「怖いのか?」

これは、怖いんだろうか。

嫌だとか、悲しいとか、辛いとか、
まして今、指摘されたように怖いとか、
そういったはっきりとした感情ではない気はする。

けれども、なんだろう。

どこか、すっきりとしない。
心の奥に微かに引っかかる痛みがある。

「……少しだけ」

環の前に行くことを考えると、
ほんの少し息がつまるような、もどかしい苦しさを感じる。

「環先輩のことはもう、とっくに受け入れているはずなのに。
 なんででしょうね。やっぱり、いざ会いに行くとなると、
 気乗りがしないというか……やっぱり、これは怖いってことなんでしょうか……」

環がもう自分の前にいないこと。

それに囚われた自分のこと。

それを良いといって受け入れてくれる鏡夜がいること。

自分を取り囲むすべてのことに、
目を背け耳を塞ぐことはもうしなくていいと、
それを受け入れることができたのは、鏡夜のおかげだ。

怯えることなど、もう何も無いと思うのに。
この心の緊張はなんだろう?

「本当に無理なら強制する気はないが」
「いえ、無理とかそういうんじゃないんです、ただ……」

車が進む度に、環に近づくたびに、
手足の感覚が遠くなって、体中の血の気が引いていくような。

胸の奥に感じる、この不安はなに?

「何が……怖いのか、自分でもよくわからないんです」

何故自分は、こんなにも環の前に行きたくないのか。
自分の感情がわからない。


今更、一体、何に自分は怯えているというだろう。


自然と足下に視線を落としていたハルヒの耳に、
再び鏡夜の溜息が聞こえてきた。

「ハルヒ、お前は本当に不器用というか、無自覚なんだな」

からかわれているような言い方に、むすっとしながら顔を上げると、
鏡夜は呆れたようにハルヒを見つめていた。

「どういう意味ですか?」
「お前は他人に対しては物怖じすることなんて殆どないくせに、
 その分、決定的に弱いところがある」
「弱いところ?」
「わからないのか?」
「……わかりません」

やれやれ、と呟きながら鏡夜は座席に深く寄りかかると、瞳を伏せた。

「ハルヒ。お前は、他人の心の中に、
 いつも真正面から怖れずに突っ込んでいくのに、
 一歩、誰かがお前の心の中に入ってこようとする時は、
 急に頑なになってしまうところがあるだろう?」

自分の心の中に、ですか?」
「そうだ。ほら、思い出してみろ。高校の時に、ホスト部で海に行った時、
 お前と環で、大喧嘩になったことがあっただろう?
 海に落ちたお前を、環が本気で心配していたのに、
 お前は『自分は間違ったことはしてない』とかなんとか言って。覚えてないか?」

ホスト部に(強制的に)入部させられた当初、
「ハルヒは天然さがウリだよね」とか、そんな風に皆にからかわれていた。

でも自分では、自分の行動を計算してたつもりは全くなくて、
常に自然体で皆に接してきた。

そんな中、桜蘭学院で色々な人に出会って、
その人たちの迷いとか、過ちだとか、そういったものが放っておけなくて、
ついお節介に言葉をかけたりしてしまうこともあったけれど、
そういう時には、確かに少しも躊躇うことなんてなかった。

けれど……思い出す古い記憶。

あれは高校一年の頃。
ホスト部のメンバーで海に行って、
自分が無茶をして崖から突き落とされて、海で溺れかけたとき、
環に初めて本気で怒られた……あの時。

心に感じたのはある種の『不快な』思い。

あの当時は、単に売り言葉に買い言葉だったのだと、
安易に考えてしまって、自分が怒った本当の理由なんて、
真剣に分析してみたこともなかったけれど、
よくよく考えてみれば、自分があんなにもムキになったのは、
鏡夜が言ってくれたように、
他人に自分の心の中に干渉されるのが怖かったからかもしれない。

「お前は、この一年間強がり続けていたその姿を、
 環に見せるのが怖いんじゃないか? 奴は人の心を見透かすからな」

環への想いは嘘ではない。

けれども、全てが綺麗な真実でもない。

「結局のところ、お前は環のことを今でも愛していると言うが」

言えなかった、たった一つの言葉を悔いて、
その贖罪の想いが真実と混ざり合ってしまった、歪な事実だ。


「この一年、俺からだけじゃなく、環からもずっと逃げていたんだ」


自分の心の弱さを暴こうとする、外の世界からの干渉を全てを断ち切って、
自分は壁の内側に、ずっと環の傍にいるんだと、そう思っていたのに。

自分が、心を見透かされることを、
本当に怖れていた相手は鏡夜ではなくて。



……自分は、環先輩から、逃げてた……?



「本当にあいつのことを覚えていてやるつもりなら、ちゃんと会いに行ってやれ」

今まで全く考えもしなかったことを鏡夜に指摘されて、
驚くあまり言葉を失ってしまって、無言で鏡夜の横顔を凝視していたら、
ふっとハルヒの方を向いた鏡夜と目が合って。

その彼の表情に、心臓が一度大きく跳ねた。



「俺が一緒に行くから」



その時、自分に向けられた鏡夜の表情が、
あまりにも優しい笑顔だったから、
つられて、ハルヒの強張った表情も、ほんの少しだけ緩み、

「……ありがとうございます」

返事は小さな声にしかならなかったけれど、
ハルヒはしっかりと一度頷いて、鏡夜の言葉を受け入れたのだ。


そして、二人を乗せた車は物語の最終地点へと辿りつく。


* * *

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