『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
「鏡夜先輩、やっぱり自分は環先輩のことが好きです」
昨日の夜、環のことを忘れてはいけないのだと、
悲痛な叫び声をあげた彼女の姿はそこにはなく。
「鏡夜先輩は自分に言いましたね。環先輩のことを忘れる必要はないって。
鏡夜先輩が居てくれなかったら、
自分は大切な環先輩にさえ、嘘をつき続けるところでした。
もう、誰にも嘘をつきたくないんです。
だから、鏡夜先輩に、今、どうしても伝えたいことがあります。
上手く言えるかわかりませんけれど、聞いてくれますか?」
言葉に一切の迷いもなく、
恐れを知らない力強い瞳で鏡夜を見つめている。
「ああ、聞くよ」
自分がずっと愛しいと思ってきたハルヒの姿。
それが、ようやく自分の前に戻ってきた。
しかし、その嬉しさと引き換えに、
どうやら自分は、覚悟を決めなければならないようだ。
「お前の言うことならどんな言葉でも」
それが、例え……自分の望む言葉ではなくとも、
受け入れなければならない覚悟を。
鏡夜の返事を聞いた後、ハルヒは小さく息を飲み込んで、
それから、一つ一つ自分の気持ちを確認するように、
静かにゆっくりと言葉を紡ぎ出し始めた。
「自分の環先輩への気持ちは変わりません。
やっぱり自分は今でも環先輩を愛しているんです。
それが判ったのは、鏡夜先輩が傍にいてくれたから、
先輩が自分を見守ってくれていて、その温かさがあったから、
この一年間、ずっと現実から逃げてばかりいたけれど、
やっと自分の気持ちを見直す気になったんです。
自分にとって鏡夜先輩の存在は大きいです。本当に大きいです。
鏡夜先輩が傍にいてくれたから、
だから、自分はここまで来れました。でも……」
と、ここまで一気に話したハルヒは、一旦、言葉尻を濁して、
伝えるべき次の言葉を慎重に選んでいるようだった。
「……でも、鏡夜先輩が、昨日、自分にくれると言った、
先輩の心と同じ想いは、
自分にとっては、やっぱり今でも環先輩のところにあるんです。
だから、今、自分は鏡夜先輩に、
鏡夜先輩と同じだけの気持ちで応えることは出来ません。
これから先も、それが出来るとは、今はとても言えません」
鏡夜の心はもう決まっている。
今朝、彼女が寝言で、環の名前を呼んだ時、
この場所に、環の前に彼女を連れてこようと決めた。
『環のことを忘れる必要はない』
彼女の心の重りを取りはらうために、そう言ってやったものの、
事故の後、彼女がずっと抱き続けていた環への気持ちが、
限りなく真実に近くとも、事故の衝撃で歪んで擬製されたものなのであれば、
それを気づかせてやれるのは自分しかいないと思った。
だからこそ、ここまで彼女を連れてきたのだ。
それがどういう結末に結び付くのか、全て、理解したうえで。
「だから自分は、今、鏡夜先輩に……『愛している』とは、言えません」
彼女の言葉の一つ一つに反応して、
胸の奥から、ぴりぴりした痛みが湧き上がってくる。
彼女から聞かされる言葉は、
鏡夜が予想していた通りのものだった。
昨日の夜。
自分の想いを、戸惑いながらも受け入れようとしてくれた彼女の態度に、
知らず知らずのうちに自分の手を握って、眠りに落ちた彼女の姿に、
もしかしたら……と淡い期待もなかったわけではない。
けれど。
彼女の環への想いが、そんなに簡単に揺らぐような浅いものなら、
もっと早くに、遠慮などせず、
自分は彼女に想いを打ち明けていた筈だから。
彼女はきっと揺らがない。
環のことを、これからも愛し続けていくんだろう。
そして、ようやく環と向かい合うことが出来た今となっては、
これまでの一年のように、その想いにただ沈み込むのではなく、
しっかりと前を向いて、堂々と、環を愛し続けていくのだろう。
丁度、彼女の父親が、亡くなった妻のことを今でも愛し続けているように。
傍にいてくれれば、それだけでいいと思った。
彼女の心まで欲しいとは望まないから、
ただ隣にいて、笑っていてくれればそれでいいと、
本当にそれだけが望みだった。
けれど。
たった一つ抱いた、そのささやかな願いでさえも、
彼女が『要らない』と言うのなら、それを受け入れてやるしかない。
「鏡夜先輩。これが、自分の今の正直な気持ちです。
これが自分の全てで、本当の自分です。嘘偽りない真実です。
だから、鏡夜先輩に、自分は言わなきゃいけないことがあります……」
* * *
大丈夫だよ、ハルヒ。何も心配はいらない。
この夢の世界から抜け出したら、きっとそこにあるから。
俺の言葉、俺の想い、その答え。
ハルヒなら、きっと見つけられるはず。
だって、ハルヒは、もう……。
* * *
長い沈黙が、その場の空気を支配している。
彼女の言葉を待つ、鏡夜の耳には、
ただただ風の音が聞こえてくるばかり。
言わなきゃいけないことがあると、
そう告げた後で、けれど、ハルヒはなかなか口を開かなかった。
それを鏡夜は急かすこともなく、
ただひたすらに、彼女の言葉を、心が整理されるのを待った。
「鏡夜先輩」
そして。
「あなたを……」
彼女の唇が再び動きだす。
「あなた一人だけを愛することは、おそらく一生できない私に、
それでも本当に『心をくれる』と言ってくれますか?」
* * *
だって、ハルヒは、もう……ひとりぼっちじゃないだろう?
* * *
彼女の出した答えに、最初は自分の耳を疑った。
きっと、自分の想いは拒絶されるのだろうと、
半ば確信めいて考えていた鏡夜にとって、
ハルヒの口から出た言葉には、ただただ驚くばかりだった。
「……」
世界から音や色や、その何もかもが一斉に消えて、
鏡夜の視界にはもう、ハルヒの姿しか見えなくなってしまう、
それほどの衝撃が体中を突き抜けていく。
「……ハルヒ……」
たった一つ。
視界に残った彼女の姿に手を伸ばし、
その腕を無我夢中で掴むと、
鏡夜はそのまま彼女を自分の胸の中へ強引に抱き寄せていた。
「ハルヒ」
「鏡夜先輩、苦し……」
「ハルヒ、お前は変わる必要はない」
目の前の彼女が幻ではないことを、
今、自分の腕の中に確かにいる、という現実を、
全身で感じながら、鏡夜はハルヒをしっかりと抱きとめていた。
「お前が俺にくれるものは、傍にいることだけでいい。
もし、お前が俺の傍にいることを、少なくとも嫌でないのなら、
環に対するお前の気持ちも、環からお前へに向けられた気持ちも、
お前の全てを、俺は愛しているから……」
愛しい彼女が、自分の気持ちに、
完璧ではなくても、一つの答えを出してくれたこと。
その温かな彼女の想いに、体が自然と震えてくる。
「だから、ハルヒ。俺の傍にいてくれ。
他には望まないから。お前はずっと、そのままでいいから」
壊れてしまいそうなほどに強く、
その腕に力を込めて、鏡夜はハルヒを抱きしめて。
「俺には……それだけで十分だ」
この体の震えも、この熱も、この想いも、
腕の中のハルヒには届いていたのだろうか?
熱のこもった鏡夜の言葉を聞き終えたハルヒは、
「後悔しても、知りませんからね?」
そう言って、鏡夜を見上げると、
屈託のない笑顔を浮かべてくれたのだ。
* * *
長く虚空を彷徨い続けた、傷ついた鳥達は互いに出会い、
お互いの傷を庇いあい、抱き合って地面の上で眠りにつく。
この冷たい地上から、自由な空へ、
別の物語が羽ばたき出すのは、何時になるだろう。
携帯電話の向こう側。
最後に伝えられた真実の言葉。
かき消された言葉は、誰も知ることはできないけれど。
ただ一つだけ言えることは、
その答えは、二人が体を休めるこの場所を覆う、
その壁の向こう側に、
飛び立つことが出来た時に、おそらくは見つかるはずのもの。
そのときが何時来るのかは、未だ闇の中。
それでも確かにすぐそこにある。
肩を寄せ合う二人の下に、
壁一枚隔てた、その向こう側の世界から、
僅かに零れ落ちるように届くのは、
- 『幸せ』という名の暖かい光 -
いつか、その向こう側へ……。
* * *
了
(初稿2007.7.22 加筆・修正2009.12.31)
以上で「傷ついた鳥達」のお話は終了です。
ブログ移転に伴って再連載するにあたり、
多少の加筆修正と構成変更を行いましたが、
やはり完全に満足いく出来にはならず、相変わらず誤植も多いです(涙)。
が、とりあえず、年内に終えることができてよかったです(苦笑)
拙い文章にも関わらず、
ここまでお読みくださった方に感謝いたします。
ありがとうございました!
2009.12.31.Suriya拝
(年明けからは、続編「共に在る理由」を再連載いたしますm--m)