『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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君の心を映す鏡 番外エピソード
私の心の半分 -10 Fin.-
新しい自分を探すことは、これまでの自分を否定することじゃない。
* * *
環。俺はこれから一つだけ、ハルヒに隠し事をしようと思う。
それが、お前がいうところの『いつもの俺のやり方』なんだろうから、な?
*
頑張ろうと気負っていた矢先の、彼の一言。
「ハルヒ。あくまで、お前はお前のままで変わる必要なんてないんだからな」
私が、まだ彼に言えずにいる記憶。
大切にしている『あの人』との思い出。
その中の一コマ。
『ハルヒはハルヒのままでいいんだよ』
いなくなってしまったあの人は、
かつて、私にそういって笑ってくれた。
色々な人の純粋な想いに触れて、
それにずっと気付かないでいた自分の罪の大きさが分かって、
そのために、自分という人間が分からなくなって、
自信を失いかけていた時に、あの人はそう言って、
私の隣に座って、いつものように優しく笑ってくれた。
同じ言葉を、今、この場所でもう一度、聞けるなんて。
「……ハルヒ?」
彼が面食らった様子でハルヒを見つめている。
その彼の顔がぼやけているのは、なんでだろう?
「なんでいきなり泣きそうになってるんだ?」
そういわれて、目に涙が溜まっていることに気付き、
慌てて目元を拭おうとしたら、
彼がハルヒの方に右手をすっと伸ばしてきた。
「俺は、何か変なことを言ったか?」
「いえ……全然……変とかそういうことじゃなくて……」
何でもない、と、また言葉を飲み込もうとしたときに、
鏡夜の指が自分の左目から零れ落ちた涙を拭いてくれて、
その瞬間『頑張ろう』と意気込んでいた心の緊張がふっと緩んだ。
そして……。
「環先輩が……前に同じようなことを、
自分に言ってくれたのを思い出したので、懐かしくて……」
自然と、ハルヒはそう呟いていた。
「環が?」
「はい……鏡夜先輩って、時々、環先輩みたいなこと、言いますよね」
「あの馬鹿と一緒にされるのは少々心外だが」
彼は苦笑いを浮かべながら、
涙を拭いてくれた指で、そのままハルヒの頬をそっと撫でて、
「まあ……たまには、そういうこともあるかもしれないけどな」
彼にしては珍しく素直に、ハルヒの言葉に頷いた。
*
環。昨日の夜、お前のことを口に出したから、
また、お前が夢の中に現れて、何か言われるのかとも思っていた。
だが、不思議と、何一つ夢は見なかった。
お前が夢の中に出てこなかったのは、
おそらく、ハルヒの昨日の話を聞いた時に、
過去の世界に残していた俺自身の心の一部を、
ようやく俺は取り戻すことができて、
だから、もう俺には、お前の幻を作り出す必要はなくなった、ということなんだと思う。
だが、俺一人、先に抜け出してしまった結果、
彼女の心の半分だけは、
過去という『壁の内側』に残したままになってしまった。
環。お前の考えを、今でも俺に読めというのなら、
きっと、お前は今のこんな状態を、望んでいるはずはないんだろう。
たとえ、彼女の『全て』ではないにしろ、
過去という檻の中に、今でも彼女が想いを残していて、
彼女という存在が、過去と現在とでバラバラになっている状態を、
永遠に続けさせることなんて。
だが、環。もう少し、俺に時間をくれ。
外へと続く扉の前に、ようやく立ってくれた彼女の心を、
俺は、今ようやく半分だけ、連れ出すことができたところなんだ。
もちろん、それで満足していては、
お前の真の望みを叶えることにはならないのは分かってる。
だから、環。俺はこれから一つだけ、ハルヒに隠し事をしようと思う。
俺は昨日、ハルヒに言った。
お前のところにおいてある想いを、俺に共有させてほしいと。
その心を、欲しいとは決して言わないと。
でも、それは壁の内側に残してしまったもう半分の彼女を、
密やかに外に連れ出すための一手。
ハルヒのことだから、すぐに素直になってくれる、とはとても思えないし、
時間はまだまだかかるだろうが、
それでも、最後は、ちゃんと連れ出してみせるから。
彼女の心の『全て』を。
「で? 環は一体いつ、そんなことをお前に言ってたんだ?」
親友のために、彼女のために、そして自分のために。
真意は隠したままで、鏡夜は優しく彼女に問いかける。
すると彼女は、涙で潤んだ瞳を何度か瞬きしたあとで、
はにかんだ笑顔を浮かべて、話し始めた。
「鏡夜先輩、覚えてませんか?
高校の時にホスト部の皆で初詣にいった時なんですけど……」
*
今、私の心は二つに分かれている。
大きな壁を隔てた、内側の世界と外側の世界とに。
内側に残った心は、いなくなったあの人を想って、
今も『過去』というゆりかごの中で眠っていて。
外側に出た心は、今、傍にいてくれる人と、
共に『現在』という時間を歩いている。
外に出た私と、内に残った私。
どちらも私自身で、どちらも大切で、
どちらも手放すつもりはないけれど、
外に出た半分の私が彼と歩き始めた瞬間から、
『歩き出した私』と『とどまったままの私』が、
どんどんと、その距離を離していくことになった。
このまま二つの私が、どんどん離れていってしまったら、
『私』は一体どうなってしまうんだろう?
そんな不安が頭の中を過ぎる時もあったけれど、
初めて『彼』に『あの人』の話をしたら、
今まで抱いていた不安が、急速に消えていくのが分かった。
『あの人』のことを忘れたわけでもなく、
むしろ、口に出している分、記憶は鮮明になっているはずなのに。
それは、とても不思議な感覚。
だけど。
決して……嫌な感覚ではない。
*
「ところで、お前、何か欲しいものとかあるか?」
ハルヒの思い出話が一区切りしたところで、鏡夜はハルヒに聞いてみた。
というのも、ハルヒと付き合い始めてから、
鏡夜は何度かプレゼントを贈ろうとしたのだが、
遠慮がちなハルヒに断られ続けたために、
今まで、贈り物らしい贈り物をしたことがなかったからだ。
少々ぎこちない様子ではあるものの、
折角ハルヒの口から『クリスマス』という言葉が出てきたことでもあるし、
初のプレゼントをするには、ちょうどいい機会だと鏡夜は思った。
「欲しいもの、ですか?」
しかし、少しだけ考え込んだあとで、ハルヒはざっくり言い切った。
「そういえば、今日の朝食で使い切ってしまったので、
お醤油が欲しいですね。あとで買ってこないと」
「…………おい」
今朝、メールのチェックをしようと思った時とは、
質の違う目眩が鏡夜を襲う。
「さっきまでクリスマスの話をしていたくせに、
なんでそういう生活必需品を真っ先に口にするんだ、お前は」
呆れ返った鏡夜の突っ込みに、
ハルヒは恥ずかしそうに顔を赤らめると、
今は思い浮かばないので何か考えておきます、とだけ答えたのだった。
了
(初稿2008.8.12 加筆・修正2010.5.4)
後日談にしては、ちょっと長くなりましたがこれで、このエピソードは終了です。
本編「君の心を映す鏡」で積み残した伏線の回収と、
穏やかな二人の日常を書きたくて書きはじめたものの、
なんだかんだで、また「これ伏線じゃね?(笑)」という、
無限ループ話になっているような気もします。(苦笑)
まあ、つまるところ、二人が幸せなら、良いんです!(〃▽〃 )
管理人が設定したストーリー上の環は、
ハルヒが過去の思い出にとどまっている事は、絶対に望んでいないはずなので、
それに気付いた鏡夜は、これからは、その環の願いと格闘していくことになります。
『鏡夜に言っても無駄だよな』
と、環に言わせないために。負けず嫌いですから、きょーやんは。(笑)
なお、この日の午後、会社に出向いた鏡夜を待っていたのは、
無情にもクリスマスの時期に重なる海外出張、ということで、
この後、二人は大変なクリスマスを過ごすことになるわけです(『聖夜の願い事』参照)。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
2010.5.4 Suriya拝