* * *
「あ。バレた」
僕(馨ね)の携帯に、鏡夜先輩からメールが届いたのは、
昼下がり、午後三時のティータイムの時間、
常陸院邸のリビングで、光と一緒にお茶を飲みながら、
今度、僕らがプロデュースする新ブランドの、
出店計画を練っている最中のことだった。
「バレたって、何が?」
店内のデザインコンセプトをまとめるために、
スケッチブックにラフ画を描いていた光が、手を止めて顔を上げた。
「昨日話したでしょ? メイちゃんに渡したワインの事」
「ああ、鏡夜先輩へのプレゼント用にって奴?」
「そそ。で、今メールきた。『プレゼントはありがたく受け取っておく』……だって」
一昨日の11月21日、鏡夜先輩の誕生日前日の夕方に、
先輩から(逆らうことを許さない)誘いの電話があって、
まあ、鏡夜先輩に対しては、ちょっと前に「大きな借り」があったこともあって、
蘭花さんが勤めるオカマバーに、光と一緒について行くことになったんだけど、
僕らが席について飲み始めて少し経った頃、
僕の携帯にメイちゃんからメールが届いた。
とりあえず、僕一人でバーの外に出て、
メイちゃんに電話をかけてみると、
『ちょっと、馨君、聞いてよ!
ハルヒってば、鏡夜君に誕生日プレゼントの一つも用意してないんだって。
でさ、聞きたいんだけど、あんた達みたいなセレブって、
どんなものもらったら嬉しいワケ? 参考までに教えてくんない?』
……とのことで。
僕に鏡夜先輩の趣味を聞かれても困るなと思ったけど、
メイちゃん相手に「分からない」とは言い辛くて、
色々考えてみたところ、僕が思いついたのが、
うちのワインセラーのコレクションだった。
その中に一本、とっておきのワインがあって、
それを今回、譲ることに決めた。
すぐに僕は、家の使用人に連絡をとって、
ワインをプレゼント用に包装させて、
メイちゃんの働いてるテナントまで持参するよう手配をしてたんだけど、
気付いたら結構、時間が経ってしまっていたから、
鏡夜先輩に変に思われないよう、
一応、カモフラージュで「メモ」を渡したりしてみたんだけど。
「まあ、銘柄的に当然バレるとは思ってたけど、
なんか、意外に連絡が遅かったというか……。
それこそ、昨日の夜に、嫌みメールがスパムのように届くかと思ってたのに」
「そりゃあ、昨日は『色々と』忙しかったんだろ?
……あー、もう! 想像したら腹立ってきた!」
光はせっかく書きあげたデッサン画の上に、
ぐちゃぐちゃと鉛筆の線を走らせると、
画用紙をびりりと切り離して、
くしゃくしゃに丸めて、ぽんと部屋の隅に放り投げてしまった。
「てかさ! 大体、馨は俺の味方なんじゃなかったの!?」
「もちろん、そのつもりだけど……?」
あの夜、泥酔した光が知らないところで、
僕は鏡夜先輩に宣戦布告したわけだけど、
その時に僕が言った条件、
「今の状況なら光の味方」という言葉については、
敢えて伏せておくことにした。
僕が光のフォローから外れて、
光と一対一で戦ってもいいなと思っているのは、
ハルヒが鏡夜先輩から離れて、
再び一人になることがあった場合と決めている。
僕らはもう、とっくに知ってる。
自分が他人を想うように、
その他人にも、きっと大切に想う人が居て、
それらは互いに尊重しなければならないことだ。
ただ一方的に、こちらの好きと言う想いばかり、
押し付けるような、子供じみた行動は、
相手のことを本当に大切に想うなら、
決してしてはいけないんだってこと。
そういう不安定な時期は、
僕も光も、ちゃんと卒業できたはずで。
だから、ハルヒの想いが万が一再び壊れてしまうことがあったら、
その時には僕が、どんなことをしたってちゃんと支えてあげたいと、
そんな風に思っているだけなんだけれど、
でも、そんな悲しい条件、できれば発動しないほうが良いに決まってる。
……と、ここまで考えてから、
僕は少しだけ自分の決意に不安を覚えた。
人はとても多面的だ。
あれだけ能天気で、キングof馬鹿とさえ思っていた殿だって、
須王の家のことでは相当悩んでいた時期もあったし。
あれだけいつも魔王っぷりを発揮してイキイキしている鏡夜先輩だって、
ハルヒにすがるようにして涙を流すこともある。
ピーターパンのように、大人になんかならない、
ずっと、子供のままでいいんだと思っていた僕らも、
殿と出会って、ホスト部で色々なことがあって、
そして、殿がいなくなったあとの、
ハルヒと鏡夜先輩との間に起きたことを知った今は、
明らかに昔の僕らとは違ってきている。
だから、僕は少しだけ不安に思うんだ。
僕の中に眠る、まだ自分でも知らない別の自分は、
もしかすると、ハルヒをめぐって、
光と対等に戦うことこそを望んでいるんじゃないかって。
そんな、馬鹿な……と打ち消してみる。
今は光のサポート役に徹するって決めたじゃないかって。
でも、おそらく来るはずは無い「その時」のことを、
ぼんやりとでも想像すると、
不謹慎にも胸が少し高鳴るような気がする。
思えば、高校の時に、
ハルヒをめぐって光と喧嘩になったときだって、
その結末はかなり中途半端だったような気がするんだ。
だって、あの時の僕はハルヒを選ばなかったんだから。
もちろん、僕らが一人ずつ自立をしたという意味では、
あの喧嘩はなくてはならなかったものなんだろうし、
そこから得たものも大きいんだけど、
あの時の僕は確実に、「一歩引いたところ」に居たんだ。
だからこそ、僕は心のどこかで、
一人前の「男」になった光と、
正々堂々、ちゃんと戦ってみたいって思ってたりするのかもしれない。
果たして。
本当の「僕」は、一体どういう結末を「一番」望んでいるんだろう?
「味方なら、なんでわざわざあのワインを用意してあげたりしたんだよ」
光は用意された茶菓子を頬張りながら、
すっかりむくれてしまっている。
こう言う姿を見ると、まだまだ子供っぽいんだけどなあ。
……なんて思いながら、僕は光をなだめることにした。
「あれは、別に二人を積極的に応援したとかいうわけじゃなくてさ。
メイちゃんから頼まれたから仕方なかったってのもあるし、
あと、どっちかっていうと、僕なりの『警告』の意味もあるんだよ、あれ」
「警告?」
「そそ。だって、あのワインの名前、知ってるでしょ?」
「ワインの名前……ああ、そういえばあれって……そっか、なるほどね」
* * *
続
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