* * *
二人っきりの、ささやかな誕生日パーティーの翌日。
窓の外の初冬の寒さと対象的に、
ぽかぽかと温かな布団の中で、
おそらく彼の手を取ってから一番の「甘い時間」を過ごしてきた、
……というより、強引に過ごさざるを得なかったハルヒだったが、
昼過ぎになって、ようやく、
魔王様の手から逃れることを許されたので、
シャワーを浴びてから、早速、遅めの昼食作りに取りかかることにした。
昨日、作ったビーフシチューが、まだ結構残っていたから、
ここはメイにも評判が良かったオムライスでも作って、
シチューをソース代わりにかけようかな、と考えながら、
冷蔵庫から卵を取り出したり、野菜を切ったりしていると、
ハルヒの後にバスルームを使い、リビングに戻ってきた鏡夜が、
さっきまでの傍若無人ぶりはどこへやら、
早速、いつものように澄ました顔で、
ノートパソコンを起動させてメールを読み始めていた。
今日一日は、仕事を休みにしてあると聞いていたけれど、
それなりにやらなければならない作業はあるらしい。
かちゃかちゃ、かちゃかちゃ。
キッチンで作業をする音と、リビングでパソコンを叩く音。
メールチェックの間は、邪魔にならないように、
こちらから話しかけることは殆どしないけれど、
二つの異なる音が、規則的に部屋の中に響く、
その空間に一緒に居るだけで、
なんだか会話をしているような気分になるから不思議だ。
「先輩、お待たせしました。オムライスにしてみたんですけど、良いですか?」
「ああ、ありがとう。旨そうだな」
いつも、食事の支度が整うまでは、
鏡夜は、ちょっと近寄りがたい雰囲気でパソコンに没頭しているのだが、
いざ、準備が出来てハルヒが食器を並べ始めると、
ちゃんとパソコンを閉じてくれる。
二人きりで過ごす時、
一見冷たいセリフを言われることも多いけど。
鏡夜先輩って、なんだかんだいって、いつも私に気を使ってくれてるんだよね。
そんなことを考えながら、一緒にオムライスを食べつつ、
テーブルの向い側の鏡夜の食事の所作を、ぼーっと見つめていると、
「どうした? ぼんやりして」
案の定、鏡夜の突っ込みが入って、ハルヒはぶんぶんと手を振った。
「いえ、すみません。なんでもな……」
「もしかして、さっきまでのことを思い出していたか?」
「え? さっきまでのって」
にやにやと笑う鏡夜の表情に、
何のことを言われているのか気付いた瞬間、
ハルヒは、恥ずかしさのあまり、
ばんっとテーブルの上を叩いてしまった。
「な、何言ってるんですか!! べ、別に。そんなこと考えてませんでしたよ!!」
「ふうん? 」
鏡夜の言う「さっきまでのこと」というのは、
要するに、ベッドの中で二人で過ごしていた時間のことで……、
思い出すと余りに恥ずかしいので、
ハルヒは両手で頬を押さえてうつむいてしまった。
せっかく、食事を作ったり、食器を洗ったりして、
いつもの自分のペースに戻れたというのに、
昨日の夜……っていうか、ほんのついさっきまでの自分の、
醜態というか……恥ずかしい様子というか、
それを思い出させようなんて、なんて酷いからかわれ方だろう。
……こっちは、初めてだったというのに……。
「鏡夜先輩って、どうしてそう意地悪なことばかり言うんですか」
本当はすごく優しい癖に、
口を開けば、こちらをからかってばかりで、
気付けば、鏡夜の良いように困らされてしまう自分。
しかも、彼の優しさに気付いているからこそ、
ハルヒもつい油断もしてしまって、そこを上手く突かれてしまう。
理不尽だ。ものすごく理不尽だ。
「そう怒るな。一昨日から、散々、蘭花さんのペースに乗せられたせいで、
ストレスが溜まっているんだよ」
「お父さんのペース?」
「酔いつぶれるまで飲まされたと言ったろう?」
「あ、そういえば昨日そう言ってましたね。
もう、体調は大丈夫ですか? 二日酔いとか」
「おかげさまで、気持ちよく寝れたからな……。さて、それはそうと、ハルヒ?」
オムライスを綺麗に平らげた鏡夜は、
スプーンを音を立てずに、きちっと皿の隅に置くと、
意味深な微笑みを浮かべながら、すくっと立ち上がった。
「どうしたんですか?」
そのまま、テーブルを回りこんでハルヒの傍にやってきた鏡夜は、
おもむろにハルヒの肩に手を置くと、
「え?」
ハルヒの身体を、突然、そのまま後ろに押し倒した。
「な、なにするんですか、いきなり」
いきなり力任せに絨毯の上に押し倒されてしまって、
ちょっと後頭部が痛いなあ、なんてのんきなことを考えていると、
ハルヒを組み敷いた鏡夜は、
「そろそろ白状してもらおうか?」
にこにこと『魔王様の頬笑み』を浮かべながらこう言った。
「……白状? なんのことです?」
「お前が昨日『用意してくれたもの』の出所だ」
そう言った鏡夜の視線が、一瞬ふっとテーブルのほうに流れた。
「用意したものって、料理のことですか?
……って、なんか味が変でした?
食材は残りものじゃなくて、ちゃんと帰りがけにスーパーで買って……」
「料理以外にもあるだろ?」
「料理以外って……あ、もしかしてワインのことですか?」
「そうだ」
リビングのテーブルの上には、
昨日開封した、ワインがそのまま置きっぱなしだ。
鏡夜はかなり喜んでいたようだったけれど、
前日に深酒をしたせいで、あまり沢山は飲めなかったようで、
ハルヒもそんなにアルコール類を飲むほうではないから、
まだその大部分が残ってしまっている。
「で、ワインの何を白状するんです?」
「……あのワイン」
とりあえず、この体制で話し続けるのもなんだか変な気分なので、
身体を起こそうとしたら、すかさず肩を押さえこまれて、こう囁かれた。
「あれはお前が買って来たものじゃないだろう? 一体、誰の入れ知恵だ?」
* * *
続
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