『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
* * *
被告人は、23歳の女性。
恋人との別れ話のもつれから、一旦自宅に帰ったものの、
被害者に対して怒りを覚え、家から果物ナイフを持ち出し、
被害者の部屋へと向かい、そして、被害者を玄関先へ呼び出し、
もう一度話し合ったが折り合わず、
そこで、隠し持っていた包丁を腹部めがけて突き出し、
被告人の元恋人の男性24歳の腹部に加療期間5週間の怪我を負わせ……。
「ちょっと、待て」
ここまで聞いたところで、鏡夜がハルヒの話を遮った。
「お前、もうちょっと話題を選べないのか?」
「え、でも『仕事の話が聞きたい』って言ったのは、鏡夜先輩じゃないですか」
「いや、それはそうだが」
今年の夏に交通事故に遭ってから数か月、
入院生活を余儀なくされた鏡夜だったが、
その後、順調に回復して、無事退院することができたのが約一週間前。
しかし、職場に復帰したばかりだというのに、
滞っていた今までの業務と同時に、
新たにいくつかプロジェクトの立ち上げを任されてしまい、
鏡夜の仕事は、入院前よりも忙しくなってしまっていて、
結局、鏡夜の誕生日当日になるまで、
ハルヒの部屋を訪れて、ゆっくり寛ぐことも出来なかった。
そういうわけで、本当に久しぶりにハルヒの家を訪れて、
二人で食事をしているというのに、
一般的感覚からすれば、かなり生々しい話を、
至極さらりした調子で言ってのける彼女に、
鏡夜は辟易した表情で突っ込みを入れていた。
「お前、それは職業病というやつだぞ。
俺の誕生日祝いだというのに、よくもそう平然とそんな話ができるものだな。
他にも受任してる案件はあるだろうに」
「そういう先輩だって、いつも株価がどうとか、買収がどうとか、
難しい金融関係の話ばっかりじゃないですか!」
「お互い様だと?」
「そうですよ」
鏡夜とハルヒはお互いにじっと見詰め合い、
一瞬の間の後で同時に笑った。
ここ数ヶ月の間、本当に色々なことがあったから、
こんな穏やかな時間が手に入るとは、
少し前の自分なら、夢に見ることすら出来なかっただろう。
「でも先輩、なんだか疲れてるように見えますけど、
退院してから仕事を詰め込みすぎなんじゃないですか?」
「いや、これは仕事のせいじゃない」
鏡夜は眉を寄せて渋い表情を浮かべる。
「実は蘭花さんに、昨日の夜、飲みにくるように誘われてな」
「え? お父さんに?」
「ああ。勤務先に来るようにということで……まあ、なんだ……、
少し嫌な予感がしたんで、光と馨も一緒に連れて行ったんだが」
「光と馨もですか? 二人ともよくついていきましたね」
「『借りを返せ』と言ったら、喜んで二人ともやってきたぞ?」
「……それを『喜んで』と表現するなら、もう何も言えることはありませんけど」
鏡夜の話に、ハルヒは苦笑いを浮かべている。
「それにしても、うちのお父さんがバーの方に鏡夜先輩を誘うなんて、
初めてじゃないですか? 何かあったんですか?」
「蘭花さんなりの快気祝いだったみたいなんだが、
かなりの量のアルコールを飲まされたみたいでな」
「みたい……って、もしかして、記憶、飛んでます?」
「……橘が連れ帰ってくれたらしいんだが」
昨日の夜の馬鹿騒ぎを思い出して、
鏡夜は小さく呻きながら額を指先で押さえた。
二日酔いのために、今日の朝は一人では起き上がれないほどだった。
なんとか午後になって体調も回復し、
最悪な状態は脱したものの、まだ、軽く頭痛が残っている。
「それにしたって、鏡夜先輩が記憶を失うほど飲むって。
退院してまだそんなに経ってないのに、大丈夫なんですか?」
「俺が蘭花さんの酌を断れるわけがないだろう。
でも、まあ、悪かったな。
折角お前がワインを用意してくれたのに、あまり飲めなくて」
「いえ、それは全然いいんですけど」
ハルヒは鏡夜の誕生年のワインと手料理を用意して待っていてくれたのだが、
食事はともかく、ワインのほうはさっきからほとんど口に出来ず、
鏡夜はハルヒに申し訳ないと思っていた。
「それよりハルヒ。さっきの事件の話だが、
そもそも、何故、お前が刑事の事件を担当しているんだ?
お前のとこは民事専門の事務所だろう?」
「それはそうなんですが、
今回の一件はボス弁の知人の伝手で依頼が来たそうです。
自分が担当してるというか、正確にいうと、
勉強のために先輩の公判に同席させてもらってる感じです」
「なるほど。で、勝算はあるのか?」
「今回は自認事件なので、量刑の勝負といったところですね。
これ以上詳しい事情は話せませんけど」
「ふうん……別れ話のもつれで相手を殺す、ねえ。俺には理解できないな」
「そうですか?」
「大体そんな行動をとったところで、
相手の気持ちが手に入るわけでもないし、
社会的にも制裁を受ける。デメリットばかりじゃないか」
鏡夜としては、至極真っ当な意見を言ったつもりだった。
「それは鏡夜先輩らしい考え方だと思います。けど……」
しかし、意外にもハルヒがこれに食い下がってきた。
「でも、本当に好きだったのに、
ある日突然理由なく別れを言われたら、
そんな衝動に駆られることもあるんじゃないですか?
例えば、鏡夜先輩が好きな人に突然別れを言われたとして考えてみたら……」
「お前……」
鏡夜は、そのハルヒの言葉に長い溜息をついた。
「それは『お前が俺に別れを言う』という話を想像しろということか?」
「え? ……あっ、いえ、べ、別にそんな深い意味は」
鏡夜はテーブルに肘をついて、メガネの下からじいっとハルヒを睨む。
「じゃあ、ハルヒ。聞くがな。
お前は、俺がお前と別れると言ったときどう思った?
俺を刺し殺そうと思ってくれたのか?」
「どうしてそういう話になるんですか!」
「お前が変なことを言うからだ」
「……そんなの、知りません! 先輩ちょっと意地悪ですよ」
ハルヒは手早く食事後の皿を重ねると、
拗ねた言葉をその場に残して、逃げるようにキッチンへ向かってしまった。
「随分ドライだな。俺の恋人にしてくれ、というのは嘘だったのか?」
「違いますよ」
かちゃかちゃと食器を洗う音を立てながら、
その音に紛れてしまいそうな小さな声でハルヒは言った。
「だって、先輩が私の前からいなくなるなんて、もう考えてませんから、
だからそんな状況、想像なんて出来ないってことです」
「……」
最初にそういう状況を、
想像してみろと言ってきたのはハルヒのほうじゃなかったかと、
鏡夜は間抜けた顔で彼女を見ていたのだが、
ハルヒは食器洗いに集中していて、鏡夜の様子には気付いていない。
「お前はやっぱり『天然』だな」
鏡夜はやれやれと腰を上げると、背後からハルヒへ近づいていく。
「どういう意味ですか?」
「どういうことかは、これから……ゆっくり教えてやろう」
「先輩、ちょ、ちょっと!」
背中越しに蛇口に手を延ばして水を止めると、
鏡夜はそのままハルヒを背後から抱きしめた。
「しょ、食器が洗えないですよ」
「そんなものは、明日でいいだろう?」
鏡夜はハルヒの耳元に唇を寄せる。
「散々焦らされたが、今日は……本気だぞ」
ハルヒの背中がびくっと震えたのを、
鏡夜は気付かない振りをすることに決めた。
「あ、あの、鏡夜先輩? えっと、あのですね……」
ハルヒをベッドに押し倒したというか、絡み合って倒れたというか、
とにかく、鏡夜はハルヒをベッドの上で組み敷いていて、
下になってしまったハルヒは鏡夜の体を跳ね除けようと、
身体をずらしながら最後の悪あがきをしている。
「私は、その、こういうのは初めてで」
「それは、分かってる」
これまで二回ほど、同じような状況があったわけだが、
鏡夜自身が本気でなかったということもあって、
ハルヒは、いとも簡単に自分の気を削いでくれたが、
もうこれ以上、誤魔化されているわけにはいかない。
「え、ええと、その、急なことで、心の準備が……」
「急なこと?」
二ヶ月も人を生殺しの状態にしておいて、よく言う。
メガネを外して枕元に置いた鏡夜は、
ハルヒの顔の横に手を付いて、ぐいっと顔を近づけた。
「俺はもう充分待った、と思うんだが」
「そ、それは……で、でも、先輩、二日酔いで具合が悪いんじゃ……。
それに、右足だってまだ痛むのに、こういうのは……」
「おい」
一向に静まる様子のないハルヒに呆れた鏡夜は、
ハルヒの鼻先をつん、と指先で小突いた。
「恥ずかしいのは分からなくもないが……あまりそう慌てられると、
こっちまで恥ずかしくなってくる。そろそろ大人しくしてくれないか?」
「……う」
鏡夜の顔をまともに見ないように、顔を背けていたハルヒは、
今回ばかりは鏡夜が本気だと、十分理解したようだ。
「じゃ、じゃあ……ひとつだけ……お願いが」
「ん?」
「あの……その……」
ハルヒは横目でちらっと鏡夜の顔を見た。
「……電気……消してください……」
真っ赤になってハルヒが零した言葉は、
つまりは鏡夜の行動に対する肯定ということで、
その意味を悟った鏡夜は、彼女の額に軽くキスをするとベッドから降りた。
「これでお前のわがままは一つ聞いたから、な」
「え?」
パチン。
鏡夜がその長い指先で壁のスイッチを弾くと、
明るさに慣れた視界から全ての色が消えていく。
「だから、次は俺のわがままを聞いてもらう番だ」
鏡夜が闇の中で彼女の気配を辿って、その匂いを捕まえて、
堅くなった身体を溶かしてやれば、
次第に今は夢なのか現なのか、
二人の意識が離れているのか分かれているのか、
この熱は自分のものなのか、それとも相手のものなのか、
全てが混濁と判然としなくなっていく。
……ハルヒ。
俺はお前を愛している。
俺は何時だってお前のことを考えている。
お前を愛することが、俺の生きる目的で、
お前と共にいることが、それが俺の幸せだ。
だから、ハルヒ。
今、この温もりを、この場で一つにしてしまおう。
二度と離れることがないように。
この幸せが一生続くように。
今までで一番近い場所で。
* * *
後編(11月23日の朝)へ、続く