『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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一番近い場所 -extra episode 4-
彼女の部屋で、彼女と二人きり過ごす休日。
彼女が自分に贈ってくれた、ワインの本当の贈り主は……。
* * *
「厄介な黒幕って誰のことですか?」
腕の中に抱きしめた彼女が、
さっぱりわけがわからないといった様子で、
こちらを見上げて尋ねてきたので、
「……まあ、十中八九、『馨』だろうな、犯人は」
溜息混じりに、自分が導き出した答えを教えてやることにする。
「馨ですか!?」
「ああ。あいつらの父親は、ワイン収集が趣味でね。
常陸院邸には、かなり立派なワインセラーがあるんだよ。
大方、そこから引っ張りだしたんだろう。
昨日、俺とあいつらは蘭花さんのバーで接待を受けていたんだが、
馨は電話がどうとか言って、しばらく戻ってこなかったからな」
入院中、病室に見舞いにきた光からは、
「今でもハルヒのことを好きだ」と、
堂々と宣言されていたから、
ハルヒをめぐる当面の分かりやすい『敵』は、
光であることは間違いないだろうが、
本当に敵にしたときに、手ごわいのは、
実際、馨のほうではないだろうかと、鏡夜は常々感じていた。
まあ、どちらが来ようと、
ハルヒをこうして、この腕の中に抱きしめていられる、
この温かい場所を明け渡す気など毛頭ないわけだが。
「そんなことがあったんですね。
でも、確かに、光はともかく、
馨に借りをつくるってのはなんだか怖いですね」
「だから、『やっかいな黒幕』と言って……ん?」
光には無い、もちろん環にもない、
どちらかといえば自分と同質性の、
ある種の「怖さ」を、馨には感じているからこそ、
鏡夜は「厄介」だと考えているわけだが、
今のハルヒの感想には、少しひっかかるものがあった。
「どうして『光はともかく』なんだ? 馨と何かあったか?」
「え!? いえ……何かあったというほどのことでもないんですけど、
前に、二人でいる時に、馨に突然手を握られたことがあって……」
「何の話だ?」
「先輩が事故にあった直後に、
二人が病院にお見舞いにきてくれたじゃないですか?
あの時、馨と少し話したんですけど」
数ヶ月前、鏡夜が交通事故に遭った時、
事故のことを橘から聞いた光と馨は、
手術が明けて翌日には、
二人揃って鳳総合病院に見舞いに来てくれた。
「もしかして、花瓶を用意しに行った時か?」
「はい、そうです。よく覚えてますね」
その時、見舞いのために持参した花束を挿すための花瓶を、
看護師から借りてくると言って、
ハルヒと馨は一緒に病室を出て行ったのだが、
それからしばらくの間、二人は戻ってこなかった。
「なかなかお前達が帰ってこなかったから、
少し気にはなってたんだが……」
とはいえ、あの時の鏡夜は、
病室に残った光の相手をしなくてはならず、
そちらに手いっぱいだったから、
取り立てて気にしていたというわけではない。
だが、自分の見えないところで、
ハルヒと馨が二人きりで何やら話をしている最中、
馨から手を握られるようなシチュエーションになったと聞いては、
心中穏やかではない。
「一体、あの時、馨と何の話をしてたんだ?」
内心の動揺を悟られないように、
冷静に、静かに切り出しているつもりでも、
知らず知らず、彼女を抱きしめる指に力が入ってしまう。
「『今度は、鏡夜先輩のことを選ぶの?』って聞かれたので、
私達の間で起きたことを説明して……それから」
こちらを見つめていたはずの視線が一瞬、逸れて、
それからきゅっと軽く唇を噛んだハルヒは、
再び顔を上げると、鏡夜の目をじっと覗きこんで、こう言った。
「私がずっと、馨の気持ちに気付かないフリをしてたことを謝りました」
「お前……気付いてたのか?」
高校の頃から、馨がハルヒに好意を持っていたこと、
そして光よりも早く、その恋心を馨が自覚していたこと。
それは鏡夜も把握していたが、
自分と環が、フランスの研修旅行に行っている間に起きた、
遊園地での出来事を、後から聞いたところでは、
結局、馨はハルヒに、
きちんと告白をするというところまで至らなかったはずだ。
告白したのもつかの間、すぐに光を引き合いに出すことで、
馨はその場を有耶無耶にしてしまったというのだから。
「先輩もやっぱり知ってたんですね」
「まあ、それは、あいつらを見てれば嫌でも分かるからな」
だから、当時はまるっきり恋心に無自覚だったハルヒが、
馨の気持ちに気付いていたというのは、
正直、まったく予想していないことだった。
「で、馨に改めて告白でもされたのか?」
「いえ。それがですね……よく意味は分からないんですけど、
『ハルヒはすっかり女の子だね』とか言われちゃったんですよね。
酷いと思いません? 自分は最初から女の子なのに」
「……」
ホスト部に入った直後、少年と見まごう容姿だったハルヒも、
環への恋心に自覚してからは、
ちょっとした仕草や言動、そして表情などが、
確実に『女性らしく』なっていた。
ヅカ部の表現を借りるならば、
まさに「乙女」の表情とでも言えばいいだろうか。
それは、もはや男子生徒であることを、
通し続けていられないほどの変化。
「だから、告白とかそういう話になったわけではないですけど、
馨は、私のことを、今もすごく気にかけてくれてるみたいだったので、
だから、馨に借りを作るのはちょっと怖いなって思ったんです。
だから、別に馨と何かあったとかではないですよ?」
女性は恋をすると美しくなる。
使い古されたフレーズかもしれないが、
これは実際その通りで。
そして、悲しいかな、その変化に気付く人は大抵、
彼女自身と、彼女が好意を寄せる相手の周りに居る、
『当事者以外』の者達なのだ。
そう。
彼女に対してどれほど恋心を抱いていても、
決して、彼女から恋愛感情を向けられることはない『第三者』。
かつての自分のような。
彼女が環のことを好きだというから、
自分はただ静かに見守ろうと思った、彼女の変化を。
ハルヒは馨の言葉の真意に気付いていないようだが、
馨はおそらく、それと同じ立場にあろうとしているのだ。
今のハルヒの中に、中性的ではない、女性的な美しさを見出し、
それをハルヒに面と向かって告げたということは、
馨が、かつての鏡夜と同じ立場、
彼女を『見守る』位置に立つという決意の現れだろう。
今後、自分が嘘をついたり、不誠実なことをして、
ハルヒを悲しませ、泣かせたりしない限りは。
「なるほどね。だから、馨は俺に『警告』してきたというわけだな」
「警告ってなんです?」
「馨が用意したあのワインのことだよ」
「ワインがどうして警告なんですか?」
「お前、あのワインの名前を知ってるか?」
「名前ですか? えっと……」
問いかけた鏡夜が手の力を緩めてやると、
鏡夜の胸に寄りかかるようにしていたハルヒは身体を起こし、
立ち上がってテーブルに近付くと、
上に置かれていたワインを手にとって、ラベルを確認し始めた。
「ええと……ボッカ、デラ、ベリータ……ですかね?
英語じゃなさそうだけど、何語でしょう?」
ワインを手にしたまま、
ハルヒは鏡夜のほうを振り返って首を傾げた。
「イタリア語だよ。読み方は『ボッカ、デラ、ベリタ』だな」
「どういう意味なんです?」
「それを聞いているんだよ」
「でも、自分、イタリア語なんて分かりませんよ?」
ハルヒはもう一度ラベルを見た後で、
ワインをぐるっと回してみたり、底を見たりして、
ラベルやビンの記載から文字の意味を推測しようとしていたが、
商品説明の文字も全てイタリア語で、
ラベルには文字以外の、イラストなどのプリントは一切ないため、
全く見当がつかないらしかった。
「では、ヒントをやろう。イタリア語が分からないお前でも、
ちゃんと『知っているもの』の名前だよ」
「自分が知っているもの? ……なんだろう?
イタリアは未だ行ったことないし、自分が知ってるって言うと、
『食べ物』の名前か何かですか?」
「いや、食べ物じゃない。種類で言えば『建築物』といった方がいいかな」
「建築物って……えっと……エッフェル塔はフランスですよね?
イタリアの有名な建築物っていうと、ピサの斜塔くらいしか……」
「そんな大そうなものじゃない。もう一つヒントをやろう。
ホスト部でお前が企画したオリエンテーリング、といって思い当たるか?」
「自分が企画したオリエンテーリング……?」
* * *
続