『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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繁華街を進むこと、十数分。
「あちらが、藤岡様のお勤め先です」
橘が指し示す店の入り口の前には、
淡い紫色のベースの電飾看板が出されていて、
蘭花が勤めているバーの名前が、
ぼんやりとした灯りの中に浮かびあがっている。
歓楽街のメインストリートではなく、
若干奥の、細い裏通りにあることもあって、
バーの入り口は想像していたよりもずっと小さい。
あまり大規模な店ではないようだ。
知る人ぞ知る店……と言ったところだろうか。
橘が店の扉を開けると、
戸に付けられたベルが、カランカランと音を立てた。
こういう夜の店の内装といえば、
目がチカチカするような、
キラキラと派手な照明に彩られているのかと思っていたが、
実際中に入ってみると、
照明は適度に落とされていて薄暗い感じで、
想像していたよりも落ち着いた雰囲気の店だ。
「あら? お客さん達、見ない顔ね。
うちは一見さんはお断りしてるんだけど」
入り口近くのバーカウンターの中で、
ワイングラスを磨いていた女装をした男性……、
まあ、ここはとりあえず『女性』として表現しておくことにするが、
その女性が、鏡夜達を見てにこりと笑うと、
開口一番、そう声をかけてきた。
「こちらに、藤岡……いえ、蘭花様がいらっしゃると思うのですが」
橘がカウンターに近づいてそう尋ねると、
中にいた女性は、グラスを置くと、
顔の前で、ぱしっと両手の平を合わせた。
「あら、蘭花のお客様だったのね。
ちょっと待ってね。今、蘭花を呼んで来るから。蘭花、蘭花~?」
蘭花の名前を呼びながら、
店の奥へ向かった女性の背中を目で追っていると、
突然、左手の方から甲高い……、
低い声を無理に裏声にしたような悲鳴が聞こえてきた。
「きゃーー!!」
悲鳴と共に鏡夜の達の方へ、
体つきが逞しい『女性』が一人走りこんできた。
「光君に馨君! それから鏡夜君じゃな~い。
本当にうちのお店に来てくれるなんて、美鈴っち、うれしいわぁ」
「み、美鈴……さん?」
『彼女』の源氏名は美鈴。本名は園田功。
桜蘭高校在籍中に、美鈴が夏の間だけ経営する、
軽井沢のペンションに遊びに行く機会があって、
面識はあったのだが、
夜の仕事場での美鈴の姿を見るのは今日が初めだ。
「……美鈴っち……?」
突き抜けたハイテンションかつ、軽井沢より数倍濃いメイクに、
おそらく手作りだとは思うが、
全身ピンクハウス系統の、レースがひらひらとした派手な装いの美鈴の登場に、
鏡夜のすぐ後ろにいたはずの光と馨が、
一歩、店の入り口の方へ身体を引いたのが気配で分かった。
その時である。
「こんばんは、鏡夜君……それから、光君、馨君」
鏡夜達の前で、きゃっきゃとはしゃぐ美鈴とは対照的に、
落ち着いた艶っぽい声が聞こえてきた。
「ちゃ~んと、逃げずに来たみたいね?」
鏡夜が視線を美鈴の後ろに逸らすと、
そこには、完璧にメイクを整え、
すらっとした体格に合ったスーツをバシッと着こなした蘭花が、
にこやかに微笑んで立っていた。
「蘭花さん、こんばんは。
本日はお招きいただきましてありがとうございます」
鏡夜が生真面目にお辞儀をすると、
「うふふ。いやぁねえ。固い挨拶は無し無し。
今日は、貴方達は『お客様』なんだから、もっと楽~にしていいのよ?」
蘭花に呼び出された理由が、
『ハルヒを泣かせたことに対する落とし前をつけろ』ということだったから、
客としてこいというのはあくまで建前で、
最悪、女装でもさせられて、一日バーで接客しろ……なんて、
無理難題を吹っかけられるのかと覚悟もしていたのだが、
この段階でも、こちらを『客』と言うからには、
鏡夜が想定していた最悪のケースは無いらしい。
ホスト部のコスプレで、やむなく女装を一度したことがあるものの、
あの時は『ヅカ部』という限定した相手に対してだから我慢できたが、
不特定多数の前で、あのような醜態は二度と曝したくない。
そういえば、宝塚コスプレの時は、
シンデレラに出てくる継母みたいで似合っていると、
ホスト部全員に『お母様』『お母様』とからかわれたものだが……。
「さ、奥に席を用意してあるから、どうぞ、こちらへ」
と、鏡夜、光、馨の三人を席に案内しようとした蘭花は、
ぴたりと立ち止ると、後を付いてこようとした橘の前に腕を出して通せんぼした。
「橘さん、だったかしら? ごめんなさいね。
ここからは、鏡夜君と光君と馨君だけでお願いしたいの」
「え? しかし、私は鏡夜様のボディガードですから、
鏡夜様のお側におりませんと」
蘭花は橘の返事を聞くや否や、
腰に左手を当てて仁王立ちし、橘の目前に右手の人差し指を突き出した。
「橘さん、いいこと?
あなたみたいにサングラスしてて、厳つくて、
『いかにもボディーガードです』みたいな人が店内にいると、
店の雰囲気が壊れるし、他のお客様にも迷惑なのよ」
「そう言われましても、私の職務は鏡夜様のガードで……」
「困るものは困るのよっ!」
鏡夜からしてみれば、
橘が食い下がる理由は痛いほど理解できる。
橘は、数ヶ月前に鏡夜が交通事故にあったあの一瞬、
鏡夜から目を離してしまった自分のことを、とても責めているのだ。
自分がちゃんと鏡夜の後についていれば、
身代わりとなって鏡夜を庇うこともできたはずだと。
だから、酒を一滴も口にすることがなくても、
たとえ、店の雰囲気が壊れようと、
頑として鏡夜の側に居ようとするのだろう。
……だが、蘭花の言っている事も一理ある。
「橘、悪いが、店に迷惑をかけるわけには行かないだろう。
今回は堀田と一緒に、外で待っていてくれないか?」
ここは現実世界とは切り離された、
ひと時の泡沫な夢の世界を楽しむ場所。
そこに、不釣合いなボディーガードなどを侍らせていれば、
夢が崩れて一気にリアルになってしまう。立派な営業妨害だ。
「ですが鏡夜様……」
なおも食い下がる橘を、鏡夜は冷静に説得する。
「今日、俺がここに来ることは急遽決まった予定だろう?
俺に危害を加えるような人間が、
この店の客の中に紛れているとも思えないし、
幸い、この店の出入り口は一つだから、
少なくとも、入り口が見える所で見張っていれば、
この間のようなことにはならないんじゃないか?」
「まあ……それは確かに仰るとおりかもしれませんが……」
まだ不満は残っているようだが、
鏡夜からの説得に、橘は渋々頷いてくれた。
「……分かりました。鏡夜様がそうおっしゃるなら、
私は外で待機していることにいたします。
では藤岡様……いえ……蘭花様。
鏡夜様をどうかよろしくお願いいたします」
深々とお辞儀をした後、
橘が出入り口から外へ出て行ったのを見送って、
蘭花は鏡夜の腕を取ると「さあさあ」と鏡夜と光と馨を促して、
そのまま店の奥へ、鏡夜を引っ張るようにして歩いていく。
「じゃ、あたしは光君と馨君をエスコート~♪」
野太い声に、ちらりと後ろを振り返ったら、
美鈴が光と馨の二人に腕を絡めて後ろからついてきていた。
「きゃー。三人ともすっごく素敵な方ね。蘭花のお客様?」
「蘭花や美鈴だけ、そんな可愛い子達の相手なんて、ずる~い」
「あとであたしもご一緒させていただきたいわ」
「あたしも、あたしも~」
店の中を歩いていくと、通りすがりに、
店員の『女性』達から、やんややんやと囃し立てられ、かなり居心地が悪い。
「だ~め。鏡夜君はあたしの『大事な人』なんだから。
あんた達は他のお客様の相手があるでしょ。ほら、行った行った」
蘭花は鏡夜に腕を絡めたまま、
わらわらと群がる店員達に向けて、しっしっと手を振る。
「大事な人って……蘭花さん……」
顔をしかめる鏡夜に、蘭花はくすくす笑って鏡夜を見上げる。
「だって、別に嘘はついていないでしょう?」
まあ、蘭花の大切な一人娘であるハルヒと、
現在恋人同士になった自分は、
蘭花にとっては大事な人間であるのかもしれないが、
その言い方には明らかに悪意が感じられる。
「はあ」
反論しても適わないことは分かっているので、
溜息混じりに、蘭花の言葉に頷くと、
蘭花はどこか裏の在る笑みを浮かべながら、鏡夜に囁いた。
「ふふ。あなたのボディーガードも追い出したこと出し、
これで、余計な邪魔は入らなくなったから……今夜はたっぷり楽しめそうね」
* * *
続