『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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三つめの宝物 -20- (蘭花)
蘭花からの攻撃に耐え続けること数時間、
ついにギブアップした鏡夜は、ソファーの上に倒れこむように眠ってしまって……。
* * *
一言「寝ます」と言い残し、ぱたりとソファーに倒れた鏡夜は、
すやすやと穏やかな寝息を立て始めている。
「ちょっと、鏡夜君。こんなところで寝たら駄目よ?」
「……」
気持ち悪くなって倒れた、というよりは、
アルコールに誘引された眠気に勝てなくて、
眠り込んでしまっただけのようだ。
特段、介抱が必要そうな様子にも見えなかったので、
蘭花は鏡夜の肩口を遠慮なく乱雑に小突く。
「ほら。今日はこのくらいで勘弁してあげるから。起きなさいってば」
しかし、ソファーに横たわった鏡夜はぴくりとも動かない。
「ふう。仕方ないわねえ」
蘭花は、先程、鏡夜が床に落とした眼鏡を拾いあげると、
死んだように眠り込んでいる鏡夜に近づき、
彼のスーツのポケットにそれを差し込んでから、
だらりとソファーの上に投げ出された腕を無造作に掴み、
ぐっと力任せに彼の身体を引き起こした。
「……」
どれだけ深い眠りに落ちているのか、
かなり乱暴に引っ張り起こしたはずなのに、
鏡夜の目はぴたりと閉じたままだ。
「ほら、鏡夜君、立って。帰るわよ~?」
蘭花より身長がある鏡夜の身体は、
意識が落ちていることもあって、かなりの重さだった。
蘭花の格好も、
ハイヒールを履き、動きづらいタイトスカートだったこともあって、
長身の鏡夜の身体を持ち上げて、
背中に背負ってしまうことは、とてもできそうにない。
やむなく、鏡夜の腕を、
背後から両肩越しに、蘭花の首の前に回すようにして、
よいしょと、背中に寄りかからせるような格好で、
ソファーから何とか鏡夜を立ち上がらせると、
そのままずるずると、鏡夜の足を引きずるようにして、
蘭花はバーの入り口に向かった。
「さすがに男の子を運ぶのは重いわね」
蘭花がこう呟いたのは、
ハルヒが小学生の頃のことを思い出したからだ。
妻、琴子に先立たれた後、少しでも稼ぎを良くするため、
知り合いに「向いている」と誘われていたこともあって、
近所のスーパーのバイトを止めて、夜の仕事を始めた頃。
午前一時、二時を回ることが通常の蘭花の帰りを、
ハルヒはアパートで独り待っていることになったわけだが、
もしかすると仕事で疲れて帰ってくる蘭花を、
ちゃんと起きていて迎えたかったのか、
蘭花がアパートに帰り着くと、
ハルヒは居間のテーブルに突っ伏して、
眠ってしまっていることが多かった。
そういえば、最近、あの子を抱っこして、
運ぶ機会なんて全然ないけど、
あの頃と違って、すっかり重くなっちゃってるのかしら。
……まあ、流石に鏡夜君ほど重くはないだろうけど。
遠い昔、幼いハルヒを寝床まで運んだ日々のことを、
突然、思い出してしまった蘭花は、
当時の自分と、今、鏡夜を引きずっている自分を、
どういうわけか比較していた自分に可笑しくなって、
自然と口元に微笑を浮かべていた。
その時だ。
「……すみま……せ……」
蘭花の耳元に、小さく謝る鏡夜の声が聞こえてきて、
背中にのしかかっていた重さが少し軽くなった。
ようやく目を覚ましてくれたのかと、蘭花は立ち止り、
鏡夜の腕を引っ張っていた手の力を抜いたのだが、
その途端、ぐらりと、鏡夜の体が後ろに崩れ落ちてゆく。
「ちょっと、立てる? 鏡夜君」
慌てて、身体を反転させて、
今度は横から鏡夜の身体を支える蘭花。
「すみません……本当に……」
とりあえず、目は覚ましてくれたようだが、
鏡夜はどうも一人で立って歩ける状態ではないらしい。
「まあ、無茶苦茶に飲ませたのはあたしなんだから、謝る必要は……」
「俺なんかが……ハルヒの……側にいて、本当に、すみま……せん……」
「ん? なに、君が謝ってるのってそのこと?」
てっきり、無様に支えられつつ、
入り口に連れて行ってもらっている事を、
謝られているのだと思っていたら、どうも、そうではなかったらしい。
「……環じゃなくて……俺が……あいつの……そばにいて……」
先程、不用意な発言で、
環のことを思い出させてしまったせいか、
鏡夜は仕切りに謝罪を繰り返した。
本来、ハルヒの傍にいるべきだったのは環。
環と同じような幸せは、自分には与えられない。
それなのに、環に代わって、自分が、ハルヒと一緒いることの謝罪を。
「もう、それはいいから」
だが、それは『違う』んだと。
今、鏡夜がハルヒの側にいることは、そういうことではないのだと。
不器用な彼に、説明してあげたい気持ちは募れど、
これほどに酔いが回って、朦朧としている鏡夜に、
今は何をどう説明しようと無駄だろう。
「ほら、橘さんが外で待ってるわよ」
蘭花が気を使って話題を変えても、
鏡夜のうわ言の謝罪は終わらなかった。
「……蘭花さんが、ずっと、大事にしてた……宝物を……、
俺が奪っ……しまって……俺は……」
「だから、それはもういいって言ってるでしょ?」
もう一度、宥めてみたものの、
蘭花の気遣いは、今の鏡夜には届いていないようだ。
「俺は……きっと……一生……ハルヒに……対して……、
環のようには……なってやれない……でも」
バーの入り口から、
表通りへ続くドアを開ける直前。
「……それでも……蘭花さん……俺は」
混濁する意識の中。
彼は自分自身を、一体どんな罪に問うていたのだろう?
終始、ぐったりと顔を下に向けていた鏡夜は、
ふっと一瞬だけ顔を上げると、
「それでも、俺は……ハルヒと一緒に……いたいんです」
蘭花と視線を合わせ、
こう一言呟いた後、鏡夜はばたりと意識を失った。
* * *
続