『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
季節は夏から秋へと移ろいゆき、
景色がその装いを鮮やかな色からセピアに変えていく中で、
久しぶりに暖かな陽射しが、秋のひんやりとした空気をぼかしている。
その日、いよいよ鏡夜先輩の包帯が取れるというので、
光と僕は朝からハルヒのマンションの部屋に押しかけて、
その瞬間に行う「ある計画」の準備をしていた。
「本当にこれで、大丈夫?」
「大丈夫、完璧だって。なあ、馨」
「うん、問題ないね。光」
いい加減覚悟を決めなよと、
気乗りしないようなハルヒを追い立てて、
僕らは鳳総合病院へと急ぐ。
担当の先生には僕らが着いてから、
鏡夜先輩の包帯を取ってもらうように頼んであった。
「三人とも遅かったな」
病院に着くと、もう鏡夜先輩の個室の中には、
担当の先生と看護師さんが来ていて、
ベッドの上で鏡夜先輩は上半身を起こしていた。
「す、すみません。先輩。ちょっと色々手間取って」
僕らとハルヒは、先生達の邪魔にならないように、
ベッドサイドから一歩下がったところで立ち止まる。
「では、包帯を取りますね。
どこか痛むところがありましたら、仰ってください」
看護師さんの言葉に、
ハルヒが祈るように胸の前できゅっと手を握る。
手術は成功したといっていたけれど、
それでも、どれくらい回復しているのかは分からない。
不安な気持ちを抱えた僕らの目の前で、
事故から約一ヶ月ぶりに、鏡夜先輩の目の包帯が解かれていく。
「……ん」
包帯が巻き取られて瞼が顕わになると、
鏡夜先輩は辛そうな感じで眉間にちょっとシワを寄せた。
「最初は目が光に慣れてませんから、
少し、眩しいと感じることもあるかもしれません。
ゆっくり開けてみてください」
看護師さんに促されて、鏡夜先輩の瞼がぴくりと動き、
何度か忙しなく瞬きをしつつ、徐々に両目が開いてゆく。
「先輩……見え……ます、か……?」
ハルヒの声が、緊張で掠れてしまっている。
「なんだかとても……眩しくて……」
そう答えて目の上に左手を当てて顔を覆った鏡夜先輩は、
目を開けようとしても眩しさのためか、
何度も何度も瞬きをしてしまって、
上手く長い間開けていられないみたいだった。
けれど、光を遮るために瞼を覆った、
その左手の指の隙間からハルヒの方を見た瞬間に、
ぎょっと大きく一度目を見開くと、その手をぱたっと下に降ろした。
「……ハルヒ?」
鏡夜先輩は口を半開きにして、
呆然とした様子で、僕らのほうを見ていた。
「……お前……その格好、は?」
その言葉に、病室内の緊張は一気に解けて、
ハルヒは両手で口元をはっと押さえた。
「先輩、見えるんです、ね!?」
「ああ……見えるよ」
鏡夜先輩はハルヒを見ながら、眩しそうに目を細める。
「お前は……和服が、とても似合うな」
鏡夜先輩の前でハルヒが着ていたのは、
一年前に僕らがハルヒにプレゼントした袴と着物。
殿の事故のことがあって、
ハルヒは卒業式には出席できなかったから、
結局、袖を通されることはないままでいたんだけれど。
そう。
光がハルヒに電話で提案したことは、
ハルヒにあの時着ることができなかった袴を着せて、
鏡夜先輩が目を開けたら、一番に見てもらおうというものだった。
「多少眩しかったり霞んだりするかもしれませんが、
徐々に慣れてくると思いますので、
今日はあまり無理せず、疲れを溜めないように、
目を休めつつ周りを見るようににしてくださいね。
あと、少しでも痛みや違和感を感じたら、すぐ呼んでください」
鏡夜先輩の目の様子を診断した先生は、
僕らにもあまり負担をかけないようにと忠告すると、
看護師さんと一緒に病室を出て行った。
「ハルヒ、もう少し傍に来てくれないか?
まだ目が慣れなくて、そこだと霞んで見えるんだ」
「あ、その……」
「ほら、ハルヒ。行けよ」
「なに、恥ずかしがってんの」
僕と光は左右からハルヒを挟んで、背中をぽんっと押してやった。
「十月に袴って、なんだか時期外れで、
ちょっと恥ずかしかったんですけど、光と馨がどうしてもって」
ハルヒが若干頬を赤らめながら、鏡夜先輩の傍へ寄って行く。
「だってさー。俺らが折角プレゼントしたんだからさ、
ハルヒが着てるとこ、一度見てみたかったんだもん」
「そうそう、それに、鏡夜先輩だって、
見てみたかったんじゃないかって、思ったからね。
で、どう? 鏡夜先輩。いい感じでしょ?」
「そうだ、な……」
しばらく、穏やかに嬉しそうな表情で、
鏡夜先輩はハルヒのことを見ていたんだけど、
突然、顔をしかめると、再び手で目の上を押さえて俯いてしまった。
「鏡夜先輩、どうしました? 目が痛むんですか?」
「…………いや」
「でも……」
え?
その時、僕は自分の目の前で起きたことに、
あまりに驚きすぎて、
何か夢でも見ているんじゃないかと思ってしまった。
「鏡夜先輩?」
それは、信じられないような光景だった。
ハルヒが心配して鏡夜先輩の顔を覗き込んでいる、
その前で鏡夜先輩に起こっていたこと。
でもそれは、見間違いなんかじゃなくて……。
「鏡夜先輩、泣いてるの?」
いくら手で顔を覆って、俯いて前髪で表情を隠しても、
ハルヒの後ろにいる僕らにもはっきりと分かるくらい、
大粒の涙がぽたぽたと鏡夜先輩の頬を伝って落ちてゆく。
「先輩! どうしたんですか?」
「………に」
「え?」
鏡夜先輩は、せめて嗚咽を漏らさないように、
歯を必死にくいしばっていたけれど、
流れ落ちる涙は、全くコントロールできないようだった。
「……環……に……」
泣き声を喉の奥に飲み込んで、潰れた声で鏡夜先輩は言った。
「……環に……見せて……やりたかっ……た……」
鏡夜先輩がどうして泣きだしたのか。
その理由が明かされて、
見守っていたハルヒの目にも一気に涙が溢れ出す。
「鏡夜先輩……!」
ハルヒが鏡夜先輩の肩に手を伸ばすと、
鏡夜先輩はそのハルヒの手を捉えて、強く握りしめた。
……。
そんな二人にかける言葉が何も見つからなくて、
僕が黙ったまま見守っていると
隣で僕と同じように、静かにその光景を見ていた光が、
ごしっと腕で目を擦ってから、顔を上げた。
「……行こう、馨」
「光?」
二人にさよならも言わずに病室を出て行く光の後を、
慌てて僕は追いかける。
「突然どうしたのさ、光」
「もう……完全に俺の負け。完敗だよ」
「完敗……?」
「俺、鏡夜先輩の泣いてるとこなんて、初めて見た」
光はぼんやりと宙を見上げながら、呟いた。
「鏡夜先輩はハルヒの前なら泣けるんだ」
早足で歩く光の隣に並んで、その顔を見たら、
目に涙が溜まっているのが見えたから、
僕は、そっと、光の手を握ってやった。
「光。うちに帰ったらさ、今日は久しぶりに一緒にお風呂に入ろっか」
「……」
「それでさ、お揃いのパジャマで、枕を並べて一緒に寝てさ」
「……」
「それから、僕らは……」
「馨」
光はぎゅっと僕の手を握り返してきた。
「ん?」
「俺は、本当にハルヒが好きだよ。大好きなんだ」
「……僕も……だよ」
光。
僕らはずっと、繋いだ手を離すのが怖かったね。
大切な人が、手の届かないところにいなくなってしまうのが怖くて、
いつも震えていたよね。
「でも、大好きだからこそ、サヨナラしなきゃいけないこともあるんだ」
でも、泣かないで、光。
もう、僕らは大丈夫だよ。
「……長かった」
僕らはきっと進めるよ。
「そうだね。すごく長くて、悲しくて……でも……」
だって、今はもう震えてないから。
繋がった手の先の、光の身体も、そして僕自身も。
「それでも僕らはハルヒと出会えて良かったんだ」
* * *
僕らは奇跡のような女の子に出会って
僕らは二人ともその子に恋をした
この世界でたった一人の特別な女の子
それはおそらく一生変わらない
僕らはずっと
その子のことが大好きでいるんだろう
でも、僕らはその子がとても大切だから
だからこそ、今、見送るよ
その子が選んだ、僕ら以外の人が待つその場所へ
その子自身が望んで進んでいくその背中を
まるで、春の一日のように麗らかな眩しい光が、
世界を祝福するように降り注ぐ中で
暖められた空気が爽やかな風となって
僕らの中を通り過ぎ
切ない初恋の馨りを心の奥に残していく
そして、この日
ようやく僕らは
- この儚くも美しい初恋から卒業する日を迎えたんだ -
* * *
了
(初稿2007.11.21 加筆・修正2010.2.3)
以上で、春の光に風馨るは終了です。
(双子主役なのに鏡ハルですみません)
管理人は鏡夜が好きになる前は、
ホスト部の原作の中では双子の話が一番好きでしたので、
二人への愛を込めて書きました。
失恋は辛いものだけど、
結果として実らなかったからって、
恋をしたこと自体が無駄だったなんてことはないですよね!
……という想いもこもってます。
なお、光のモノローグの、
一人称が「僕」で、台詞の一人称が「俺」なのは、
当ブログの仕様です。書きまつがいじゃないですよ?(苦笑)
ここまでお読みいただきありがとうございました!
2010.2.3 Suriya拝
(明日はハルちゃん誕生日♪)