『桜蘭高校ホスト部』が大好きな管理人の、二次創作サイトです。
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* * *
飛行機で十数時間。
遠い日本の地で元気に働いている息子が、
フランスへの出張のついでに、
忙しい中、時間を作ってわざわざ自分に会いにきてくれて、
久しぶりに笑いが絶えない楽しいランチを迎えることができた。
「ごめん、母さんもう行かないと。
飛行機の時間に間に合わなくなるから」
手紙や電話でのやりとりはあるものの、
直接会うのはやっぱり違うもので、
久しぶりに会いに来てくれた息子とのおしゃべりは、
いくら時間があっても足りそうにない。
「あらあら。残念ね。美味しいお茶菓子も用意しておいたのに」
「ごめん。もっとゆっくりしたかったんだけど。
思ってたよりも仕事の方が長引いてしまって。
それに日本に帰らなきゃいけない大事な用事もあるから」
日本から持ってきてくれた和菓子や、
何やら細々としたプラスチック製の置物(日本の伝統工芸なのだろうか?)や、
最近、友達と撮ってきたらしい写真など、全てテーブルの上に乱雑に広げたままで、
息子は腕時計を確認しながら、あたふたと帰り支度を始めていた。
最近、あまり体調がおもわしくなかったから、
息子が訪ねてこなかったら、今日も一日中ベッドで寝ていたかもしれない。
でも、不思議。
今日は沢山笑ったからだろうか、なんだかとても気分がいい。
うん、大丈夫。
玄関先までなら、まだ普通に歩いて行ける距離だ。
「そうだ、母さん」
玄関先で、外に出る直前、振り返って息子はこう言った。
「大勢で押し掛けたら迷惑かな?
今度来るとき、出来れば一緒に連れてきたい人がいるんだけど」
「あら? お友達だったらいつでも大歓迎よ?
賑やかなのは、あなたのピアノで慣れてるし」
息子は、病弱な自分のために、外で遊ぶこともなく、
ずっとピアノを弾いてくれていた。
あまりに一生懸命、毎日弾いてくれたから、
たまに、少し身体に毒のこともあったのだけれど、
それも今となっては良い思い出だ。
「まあ、今のところは『友達カテゴリー』にはちゃんと入ってると思うんだけど……」
「え? なあに?」
「い、いや、こっちの話。
次に来れるのがいつになるかはまだ分からないけど、
近いうちに、必ず、連れてくるから。母さんには是非会って欲しい人なんだ」
「……じゃあ、楽しみに待ってるわね」
「うん。それじゃ母さん、それに皆も元気で!」
とても明るい笑顔で、
自分と使用人たちに向かって元気よくぶんぶんと手を振ると、
息子は小走りに外に出て行ってしまった。
「アンヌ様。お加減はよろしいですか?」
息子が外に出ていくとすぐに、
使用人が車椅子を押してアンヌの傍にやってきた。
「今日は大丈夫。不思議なくらい元気なの」
かつては、息子と離れ離れに暮らさなければならなかった。
そして勝手に会うこともできなかった。
けれど今は、いつでも会いたいときに息子と会うことができる。
残された時間はあまり無いように感じていたアンヌは、
できるだけ元気な姿を息子に見せていたいと思い、
今日はいつも使っている車椅子を仕舞い込んでいた。
「あら?」
用意された車椅子は使わずに、歩いて部屋に戻り、
息子が持参したテーブルの上の細々した工芸品や写真を、
ひとつひとつ興味深く手にとって見ていると、
雑多に置かれた写真の下から、真新しいノートが一冊出てきた。
「あの子ったら、そそっかしいのは相変わらずね。
あまりに急いでて忘れてしまったのね」
いくつになっても子供は子供ね、と苦笑いしながら、
アンヌはそのノートを拾い上げる。
「日本に送ってあげたほうがいいのかしら?
それとも次に来るまで保管しておいたほうがいいのかしら?」
すぐに連絡を入れようかと一瞬考えてから、
かなり急いでいた息子の姿を思い出し、
どうせ忘れ物があったことを伝えても、
取りに戻ってくることはできないだろうと考え直して、連絡は取りやめた。
変に焦らせても仕方ないので、
日本に着く頃に改めて連絡をしてあげようと、
アンヌは、そのノートをそっと戸棚の上においた。
その戸棚には息子と友達とが映った沢山の写真が飾られている。
おそらく、時間はあまり無い。
一緒に過ごせなかった時間を取り戻せるだけの時間までは、
多分、神様は私達には与えてくださらなかったのだと思う。
許されないと知りながら、あの人を愛してしまった罪深き私には。
それでも、神様の思し召しで、僅かに残された時間の中で、
こうしてあの子と会って話が出来る自分は、確かに幸せなのだろうと思う。
あとは、せめてあの子の結婚式に、出席できたらパルフェなのに……。
そんなことを考えていた時、
開放されていた窓から、部屋に流れ込んできたやや強めの風に煽られて、
戸棚に置いたノートの頁がぱらぱらめくれた。
Je te......
ノートの中身を読む気は全くなかったのだけれど、
風の悪戯で開かれてしまったノートの頁に、
あまりに大きく文字が書き込まれていたから、
自然と目に入ってしまって、思わずアンヌはにっこり微笑んだ。
「まあ、そういうことだったのね」
忘れ物にも気付かずに、大慌てで帰っていった、
息子の言っていた大事な用事が一体なんなのか、理解できた気がする。
私達の願いごとは叶ったの。
たとえ周りからどのように言われようとも、
心から愛するあの人と出会えて、一緒になれて、
私達は、あなたという天使を神様から授かったのだから。
だから、今度は……。
アンヌはそれ以上、中身を読んでしまわないようにノートを閉じると、
目の前の写真立ての息子の写真に向かって呟いた。
「あなたの願い事が、叶うと言いわね。環」
真新しいノート。使われていたのは最初の数ページだけ。
その一番最後に記されていた言葉。
Je te rends heureuse.
-僕は必ずあなたを幸せにします-
* * *
了(続?)