戻ってきた姫と入れ替わりに、浴場へ向かったシャロンが、
湯浴みを終えて宿泊用のテントに戻って来ると、テントの中に姫の姿がない。
慌てて外に出ると、テントの裏側の草の上に、
座り込んでいる姫の背中が見えた。
シャロン
「姫、そんなところで何を?」
姫
「あっ! シャ、シャロン? ……思ったより早かったんだね」
慌てて立ち上がった姫は、
手にした『何か』を背中に隠しつつ、シャロンのほうへ歩いてきた。
シャロン
「なんだ? 姫。今、何か隠さなかったか?」
姫
「え? な、なんでもない、シャロンには関係な……あっ!」
シャロン
「……ランプのアクセサリー?」
姫
「あー……ごめん。さっきウンバラのこと話したから、
ちょっとアイツのこと思い出しちゃって。
ランプを見ながらウンバラに話しかけてたんだ。今の私のこととか」
シャロン
「ウンバラ殿が戻ってきたのか?」
姫
「ううん。ただ、私が一方的に喋ってただけ。
ウンバラが本当は私の傍にいて私に見えないだけなのか、
この世界のどこかにいるのか、EVUUに戻っているのか、
それとも……もう、消えてしまったのか……私にはよく分からないけど、
でも、もしも何処かにウンバラが存在してるなら、
ランプに呼びかけたら、聞こえるんじゃないかって思って」
シャロン
「ウンバラ殿に話……ね。ああ、すまない、これは返す」
一度は奪い取ったランプを、押しつけるように返すと、
アスパシアに背を向けて、テントの中に引き返すシャロン。
姫
「え、シャロン? ちょっと待ってよ、シャロンってば!」
彼を追って、姫も幕の中に入って来る。
テントの奥に座り込んだシャロンの前で、仁王立ちするアスパシア。
姫
「シャロンどうしたの? なんか急に不機嫌そう。私、なんか変なこと言った?」
シャロン
「いや、別に何も」
姫
「何もって、なんか怒ってるじゃん!」
シャロン
「別に、怒ってなどいないが」
姫
「アンタ、『あたしに嘘はつかない』んじゃなかったの?」
シャロン
「嘘はついてない! ……本当に、君に怒っているわけではないんだ。
その……今の自分の感情を、なんと表現していいか、
自分でもよく分からないだけで……」
姫
「一体、突然どうしたっていうの?」
シャロンはアスパシアが手にしている、
ランプのアクセサリーを一度みつめてから、
溜息をつきつつ、腰を上げた。
シャロン
「……姫、すまないが、もう一度外へ出ないか?
かなり日も暮れてきた。あと少しで、星が綺麗に見える時間だから」
二人が外へ出ると、空は夕焼けから暗闇へと変化しつつあって、
空には少しずつ、輝く白い光が増え始めていた。
先程と同じようにテントの裏側に回り、今度は二人並んで座る。
シャロン
「前にもこうして、君と星を眺めたことがあったな」
姫
「ああ、そんなこともあったわね。アンタが将軍に刺されて、
ひどい怪我してたのに、無茶して私を探しにきたときのことね」
シャロン
「無茶は君の方だろう? 一人きりで飛び出したきり、
あんな夜更けまでパレスに戻ってこなかったのだから……」
姫
「あんたのほうが無茶苦茶よ。
無理してたら死んじゃってたかもしれないんだし」
シャロン
「ふ……まあ、あの時のことを、今更、君と言い合うつもりはない。
姫。実はね。あの時の私は、君がずっと『一人きり』なんだと思っていたんだ」
姫
「私が、一人ぼっち……?」
シャロン
「そう。君は一人で、遠い異国、神の国から人の国にやってきて、
もともとは神として生まれながら、その力を失うという、
およそ私などには想像もつかないほどの困難に、
頼る者など誰もなく、たった一人で立ち向かっている。
君の周りには誰もいない。君が一人だと思ったからこそ、
私は、君の傍にいて、君を守る存在になりたいと願い、
無我夢中で、君を探して歩き回った」
姫
「そうだったんだ……でも、私にはウンバラがいたから、
本当は この国に来てからも、
ずっと一人だったってわけじゃなかったのよね」
シャロン
「ああ、そうだったな。だが、あの時の私はまだ、
君の従者の存在を知らなかったし、
いつでも君は、私の前に一人で現れたから、
きっと……『人の願いを叶える』という父君から与えられた試練に、
一人で取り組んでいるのだろうと思っていてね。
そんな君の姿を……少しだけ、私の姿と重ねてしまっていたんだ」
姫
「それって、シャロンがずっと一人でこの国の執政をしてきたから?」
シャロン
「そうだ。なのに、あの日の君は、それをあっさり否定してくれただろう?
私がこれまでずっと『一人で』してきたことをね」
姫
「あ、あれは別に『シャロンの本当の願いは別にある』って言っただけで、
シャロンの今までの生き方を否定したわけじゃ……」
シャロン
「同じことだよ。私はその願いのために、
今までずっと誰も寄せ付けず、無私を貫いて、
自分に対しても、民に対しても厳しい執政を取り続けたのだから。
……でもね、姫。君に恨み事をいうつもりは毛頭ない。
君の言葉を聞いて、私は思ったんだ。
もしも、これまで自分がしてきたことが『偽り』だったとしても、
それを続けてきた自分の『存在意義』が、
根本から崩れることになっても、
君が、私の手の届く場所、この王国のどこかで、
一人きり、冷たい夜を過ごしているというのなら、
君を守ることが、私の新たな『存在意義』となるだろうと、ね。
……だが、それも今から考えればひどく滑稽で、的外れな考えだったな。
君には私の見えないところで、
君を守ってくれる者が常に一緒だったのだから。
ずっとずっと、私の周りには誰もいなかった。
だが、君はそんな私とは違う。
だからその……さっき、私の機嫌が悪くなったのも、
君に怒っていたというよりは、
あまりに自分の生き方が、君と違いすぎることに戸惑ったというか……」
姫
「もしかして、私に『嫉妬』した?」
シャロン
「ふ………君らしい、実に的確で遠慮ない言い方だな」
姫
「ひどい! それって、あたしにデリカシーがないってこと?」
アスパシアは不満そうに隣に座ったシャロンの肩を小突く。
姫
「だってさ、シャロンが気付いてないことを、
言ってあげるのが私の役目かなって、ちょっと最近思ってるから。
シャロンが嫌なら止めるけど、あんたに嘘はつけないから、
嫌なら気付いても黙ってることにするけど?」
シャロン
「嫌なものか。むしろ有り難いと思ってるよ」
姫
「あら、いつになく素直じゃない」
シャロン
「君に対しては嘘はつけない、からな」
姫
「まあ、そりゃー、あたしみたいに性格がちょー良くて、可愛くて、
おまけに神の高貴なオーラぷんぷんな女の子に、
嫉妬する気持ちもわからなくはないけどさー」
シャロン
「ははは」
姫
「『ははは』じゃないのよ。突っ込みどころよ? 今の」
シャロン
「そ……そうなのか?」
姫
「まあ、根っから真面目なアンタに、
ウンバラみたいな突っ込み役は期待してないからいいんだけど。
でも、シャロン、そういうことで不機嫌になってたなら、
それこそ『滑稽で的外れ』だと思うわよ?」
シャロン
「え?」
姫
「『え』じゃないのよ。アンタ、あの革命を忘れたの?
プッチ将軍やフィッチェがいくらシャロンを悪役にしようとしてもさ、
シャロンが今までしてきたことは、国民皆がちゃんと分かってて、
皆、シャロンのことを信じてたじゃん。
シャロンは『一人でいる』って思ってたかもしれないけど、
実はずっと一人じゃなかったんだよ。ちゃんと、認めてくれる人はいたんだよ」
シャロン
「そ……それは、確かにそうかもしれないが……」
姫
「何? まだ納得してない顔ね。『国民』じゃ遠すぎるってこと?
それならもっと身近でウンバラみたいな存在っていうと……ああ、そうだ!
ほら、アンタの護衛のアイさんがいるじゃない?
一応モブ扱いだから、本編では顔真っ黒だけど、妙にイケメンな声してる人」
シャロン
「モ……アイというと、ロイヤルガードの彼か?」
姫
「そうそう、ロイヤルガードのアイさん。実はあの人がね、
倒れたシャロンを一緒にパレスまで運んでくれたんだよ」
シャロン
「私が倒れたというと……スークで君と星を見ていた後のことか?」
姫
「うん。アイさんから聞いたんだけど、
あの日、アンタ、『私用だから供は要らない!』とか言っちゃって、
一人で私を探しに来たんだって?
でも、アイさん、どうしてもシャロンのことが心配だからって、
こっそりシャロンの跡をつけてたんだって。
……で、スークでシャロンが意識を失っちゃって、
私がシャロンの名前を呼んでたら、そこにアイさんが駆けつけてきてくれたの。
邪魔しないように遠くから私達のこと見張ってたみたい。
それで、パレスまでシャロンを運んでくれたんだよ。
シャロンが私の部屋で意識を取り戻す前に、居なくなっちゃったけどね」
シャロン
「それは、知らなかったな。どうして今まで黙っていたんだ?」
姫
「だって、アイさんに、
『宰相閣下に無断で勝手に行ったことですから、ご内密にお願いします』
……って、言われちゃったからさ~。
女に二言は無いって言うか、
アンタ、命令違反とかそういうのに厳しそうじゃない? だから黙ってた。
てか、そもそも、シャロンみたいに、
『一見華奢に見えるけど、実は脱いだらすごいんです』系なごつい男の人を、
乙女のかよわい細腕で、スークからパレスまで一人で運べるわけないじゃん。
少しは疑問に思いなさいよ」
シャロン
「確かに、言われてみればそうだな」
姫
「でしょ? だからね。シャロンにもいたんだよ。
シャロンがいつも、他人を寄せ付けないような厳しい態度を取ってるから、
面と向かって言わないだけで、
本当は、シャロンの行動を尊敬していて、この人を守りたいって思って、
傍に居てくれた人はいたんだよ。今までも。
だからね、シャロンは一人だったわけじゃないんだから、
何も私に嫉妬することなんてないし、
これからは私も一緒なんだから、この先も一人きりになることはないでしょ?」
シャロン
「そうか……そうだったのか。
君だけじゃなくて、私も……気付かないうちに誰かに守られていたのか……」
姫
「そうだよ。だから、機嫌なおして、シャロン。
ほら、見て! もう、星があんなにいっぱい出てる。すっごく綺麗だね」
シャロン
「ああ、そうだな。今日は特に星が近く感じる。とても綺麗だ」
しばらく黙ったまま、満天の星空を見上げる二人。
姫
「ねえ、シャロン。星の名前を教えてよ。得意分野なんでしょ?
私も星を見ることは結構あったけど、ぼーと見てるだけだったから、詳しくなくて」
シャロン
「そうだな。じゃあ手始めに、私が一番好きな星を教えようか」
姫
「どの星がシャロンが一番好きなの?」
シャロン
「あの星だよ」
シャロンの指先には、ちりばめられた星の中でも、
ひときわ大きく強く輝く一等星があった。
姫
「あの星なら私もEVUUから見たことあるよ。
あれは、なんていう名前の星なの?」
シャロン
「『ソティス』……水の女神の名前だ」
姫
「へえ、女神の名前なんて星につけてるんだ。人類ってロマンティストね。
……ん? でも、あの星が一番好きだなんて、
もしかしてシャロンは、女神に恋しちゃったりしてたわけ?」
シャロン
「まさか。手に届かない天上の女神よりも、
今、隣にいる魔神の姫君のほうが、私には興味があるんだが」
姫
「と……突然、そういうことを、さらっというところは、
あんたってほんと、卑怯だと思うわ……」
頬に手を当てて俯くアスパシア。
シャロン
「姫。あの星がなぜ水の女神の象徴として崇められていると思う?」
姫
「さあ、分かんない。なんで?」
シャロン
「我がキングダムを潤わす地下水脈も、
時期によって水量に多少の変化があるから、
乾季には、それなりに水を節約して使わなくてはならなくてね。
だが、一時期、夜空から姿を消していたソティスが、
ちょうど夜明け前に見られる時期になると、
一気に水量が増して、多くの水資源を農工業に利用することが可能になるから、
あの星が見えてくると、キングダムが一段と活気あふれるのでね。
だから、私はあの星が一番好きなんだ」
姫
「ふうん。そういう理由なんだ。アンタって本当にキングダムのことが好きよね」
シャロン
「私が生まれ育まれた国だからな。愛して当然だろう?
……いや、すまない。気を抜くとすぐ国の話になってしまうな。
せっかく君と初めて、二人きりで旅をしているというのに」
姫
「私は気にしないよ? シャロンが自分の好きなことを、
そうやって私に話してくれるのって、私のことを信頼してくれてるからでしょ?
聞いてるとすごく楽しいし、嬉しいよ」
シャロン
「君にそう言ってもらえると、助かるな。
私はあまり面白い話を、進んで出来るような人間ではないからな」
姫
「そうだ、シャロン! 私から、あの星の事一つ教えてあげる。
あの星って、ここからじゃ見えないけど、
すぐ傍にね、小さな星が一つ連れ添って輝いているんだよ。知ってた?」
シャロン
「ソティスが連星……? いや、それは流石に知らなかったが」
姫
「EVUUから夜空を見上げるとね、
ここより空に近いからかな?
あの光のすぐ傍に、小さい星が寄り添って見えるの。
あの星……ソティスっていうんだっけ?
ここからだと、ソティスの輝きが強すぎてかき消されちゃってるけど、
でも、隣にある星もね、小さいけれど、ちゃんと綺麗に輝いてるんだよ」
シャロン
「たとえ、はっきりと見ることができなくても、
自らのすぐ傍に確かに存在する輝き……か。
それは良いことを聞いた。教えてくれてありがとう、姫」
姫
「どういたしまして」
シャロン
「さて、続きはまたの機会としようか。
明日は少し早めに出立しなければならないからな。
今日は良く休んで、明日に備えよう」
姫
「また色々教えてね。楽しみにしてるから」
シャロン
「……アスパシア」
先に立ちあがったシャロンが、
立ち上がろうとしていたアスパシアに向かって手を出し出す。
姫
「ありがと、シャロ……え!」
その手を握り返して、引き起こしてもらった姫は、
そのまま、ぐいとシャロンの腕の中に引き寄せられてしまって、
途端に頬を赤らめるアスパシアに、
ふっと一瞬微笑みかけてから、シャロンは彼女へそっと優しいキスを贈った。
美しいい星空の下で、恋人たちが過ごすオアシスの夜の出来事。
* * *
了
発作的にデザートキングダムのシナリオが書きたくなって、
一気にパソコンに指を叩きつけました(苦笑)。
ノーマルエンディング後に休暇をとって、
ラブラブ婚前旅行……もといヴェルサーチェスの両親を訪ねる旅に出た、
シャロンとアスパシア。その道中のオアシスでの会話を妄想してみました。
ロイヤルガードのアイさん。モブではあるんですが、
しかもアルファベットな名前で、たまたま『アイ』という名前になってますが、
結構、良い味だしてて大好きです。
アラビアンテイストな話なので、星の名前についてはちょっと迷いましたが、
やっぱ砂漠といえばサハラ砂漠でナイル川っしょ! ということで、
星の名前とかそのあたりのくだりは、古代エジプト神話からネタを取り入れてます。
自分は独りぼっちだと、思っている人は、
実は周りが見えてないものだったりします。
周りをちゃんとみてみたら、自分は自分が認識している以上に、
沢山の人に助けられて生きているものです。
そんな思いを込めてみました。シャロン×姫。このカップリング大好きです!
(私は本当にノーマルカップリングが好きだな……)
また暇を見つけて書いていきたいと思います。
へっぽこシナリオ仕立てだと、
基本的には「会話」だけ考えればいいから楽なんですよね(爆笑)
それでは、また!
Sruiya拝
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